第66話
「彼女、高校生にはありえないほど、たんまり小遣いをもらっていましたからね。それに痛いほど彼女の好意が伝わっていたので、嫌われようと必死でした」
しかし、やはりこの行動も美雪さんを喜ばせる結果になってしまったという。その日届いたメールは、次のような内容だった。
『帝人さん、私が至らないばかりに退屈な思いをさせてごめんなさい。ただ流行っているというだけであの話を選んでしまい、後悔しています。今思えば脈絡のないつまらない映画だったように思います。それと、帝人さんがせっかくすすめてくれたポップコーン、食べれば良かった……。帝人さんがあんなに頬張るんだから、きっと美味しかったんでしょうね……。こちらも後悔したので、あとで買って食べました。とても美味しかったです。時間はずれてしまいましたが、帝人さんと一緒に食べたポップコーンの味、私は一生忘れないと思います。記念に帝人さんが置いていったポップコーンの入れ物は我が家で保管しておきますね。これを見るたびに、帝人さんのあの冷たいつまらなそうな顔が思い浮かびます。少しおかしく思うかもしれませんけど、それは私の一番好きな表情です。よくわかりませんけど、その表情を見ていると胸がときめいてたまりません。帝人さんは覚えていますか?ずっと前に私がつくったクッキーを、帝人さんは『粘土みたい』と一口食べたきりもう二度と手をつけることはありませんでした。あの時もひどく冷たい顔をされていましたね。実はそのクッキー……ずっと机の引き出しにしまっています(きゃっ、言っちゃった!)。ちゃんと乾燥剤と一緒にジップロックに入れているので、まだ形は損なわれていません。こうして帝人さんを思い出せる品が増えてきて、私はとても嬉しく……』
「詩絵子様、お分かりいただけますか……? 彼女のメールは変態的な上に、おそろしく長いんですよ……」
主任はどんよりと呟く。
「いやいや! 主任にそっくりですよ! 長文メール送り付けてくるところまで一緒じゃないですか!」
「僕のメールが長いと?」
「むしろ長くないと?」
「詩絵子様が疲れてしまわないよう、できるだけ掻い摘んで短くまとめております。それに、一日に何度も送り付けては申し訳ないので、原則として一日に一度だけと決めています」
「……主任のメールが長い原因が分かりました」
ある時、大学生になった二人は、遊園地へ行く約束をした。現地集合の予定だったが、バイトに明け暮れていた主任は、すっかり彼女との約束を忘れてピザを配達していた。
とっぷり日が暮れたころ、主任はピザ配達のバイクで遊園地へ向かった。彼女は暗い中、遊園地の入り口で風船を持ち、ひっそり立っていたという。
『美雪、悪い。約束忘れてた。これやる』
美雪さんの前に停止し、主任はピザをやった。そしてそのままその場を去った。
「いよいよ鬼畜じゃないですか!!」
「その日もメールが届いたんですよね。名前を呼ばれたのは初めてで嬉しかったと……。意識したこともなかったのですが、その時初めて彼女の名を呼んだようですね。とまあ、このようにですね」
正座して話を終えた主任は、話を総括するように居住まいを正した。
「これらのエピソードで分かっていただけたと思います。こうして向井帝人の表の人格がつくられたわけです。いくら厳しくしてもついてくるので、それはそれは人に厳しい人間に育ちました」
「それは分かりましたけど……なんで美雪さんと結婚を?」
主任にとって、美雪さんはとてつもなく苦手なタイプなんだろう。それなのに、なぜよりによって彼女と結婚したのか。
そこの説明がまだだ。そしてそれは、今回もっとも重要なところだ。
「そう。今日はこの説明をしてもらいにきたんですよ」
「……詩絵子様。以前、僕の言ったことを覚えていますか」
主任はやや重たい声音で問いかけた。
「以前? っていいますと……」
「この駄犬が、虎視眈々と養子縁組を計画していたという話です」
言われて私はハッと思い出した。養子縁組……。言ってた、確かに言ってたよ。
理想の女王様である少女を手に入れるために、養子縁組をして家に迎え入れることを考えていた、と……。
ま、まさか……。
「しがない駄犬の計画は、親のいない孤児を引き取り、里親になるというものでした。里親になる条件は非常に厳しいものです。僕の経歴や所得などが調査され、十分に子供を育てていける環境を整えられるかチェックされます。僕の収入や経歴でしたら、おそらく問題はないでしょう。しかし里親になるには、大前提として結婚していなくてはならないのです」
ここで私はタン!と床を蹴り、勢いよく壁際まで椅子を滑らせた。正座している主任が小さく見え、私はそこからおそるおそる尋ねた。
「つまり……主任はいたいけな少女を理想の女王様に育てあげるために、美雪さんと偽装結婚をした……そういうことですか?」
「さすがは詩絵子様。おっしゃる通りでございます」
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