第64話



「高揚してまいりましたので、今のうちに本題へうつらせていただきます」


「……そうですか」



 そうして主任は話し始めた。奇妙なことだけど、だんだん土下座のまま話をされるのにも慣れてきたので、私はわりとリラックスして話を聞けた。




「先日うちにいた女性についてですが、確かに、彼女はこの駄犬の妻です」


「ああ……」



 そうだった……その話だった……私ったら、なんで土下座されてリラックスしちゃってんのよ。無防備でいたから、主任の口からハッキリ『妻』と断言されるのは心が痛かった。



「そうですか……奥さん……本当だったんですね」


「最初に言っておきますが、一般的な夫婦とは違います。手っ取り早く言いますと、偽装結婚というやつです」


「偽装結婚?」



 思わず繰り返す。偽装結婚というと、あれか。愛し合っていないけれど、なんらかの事情があって籍をいれるという。



「順を追って説明します。彼女、美雪は僕の幼馴染みのようなものです。親同士に繋がりがあり、僕自身、美雪から向けられる自然な好意には気づいていました」



 ほうほう。私は頷く。美雪さんは幼馴染みで、昔から主任を好いている。



「あの、それは偽装結婚と言わないのでは……?」


「美雪の好意に僕が応えられるなら、そうですね。偽装とはいわないでしょう。しかし僕は、彼女を愛せません。絶対に」



 いつになく強い口調で言い切り、主任は顔を上げた。神妙に眉をしかめ、重々しくこう続けた。



「彼女、ドエムなんです」



………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。



 なるほど。自分を棚に上げるって、まさにこういうことを言うんだろうな。とどのつまり、同族嫌悪というやつか。



「そうですか。主任は、奥さんの前ではいつもの主任なんですよね?」


「はい。彼女の前では常に擬態しております」



 なるほどなるほど。奥さんの前では向井主任モード。Sちっくな主任なわけだ。



「親同士の仲が良いものですから、彼女に僕の性癖が知れてしまうと、芋づる式に両親にも伝わってしまうのです」


「ああ……さすがに両親にばれるのはキツイですね。ていうか主任、親いるんですね?」


「もちろんです」



 そっかあ。この人も人から産まれた人の子なんだよね。急に空気中から生じたヒト科の突然変異じゃないんだよね。


 ていうか主任のドエムって、親にも見せられない異常なものなんだなあ。いや、こういうことに親の存在は、むしろ最もデリケートに扱わなきゃいけないことなのかも。



「それで、あの奥さんもドエムなんですね」


「その通りです。そもそも彼女と幼いころより一緒に居たために、今の向井帝人の表の顔が形成されたと言えます」



 ……おおっ?

 主任の軌跡がついに明らかに!?


 この男がどんな風に育ったのか、実のところものすごく興味がある。私は前のめりになって主任の後頭部を見下しながら話を聞いた。



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