第61話



「別にいらねーよ。俺はあいつに奢ったの」


「そういうわけにもいきません。主の失態をカバーするのは、忠実な駄犬である僕のつとめですから」



 主なんだ……。彼女じゃなく。もういいや。これ以上話すのめんどい。


 疲れてきたので、朔は「じゃ。俺はこれで」とすばやく告げました。



「気をつけてくださいね。一人で大丈夫ですか? タクシー呼びますよ?」


「バッ……バカか! 子供あつかいやめろー!」



 帰りの頃、辺りはすっかり明るくなりはじめていました。ホテルへ戻ろうと思いましたが、お腹がすいてきたので、朔は立ち食いソバへ寄りました。



『あ』



 そこでばったり会ったのは、同じ店で働くギンガでした。



「レオさんじゃないっすかー! レオさんでもソバ食うんすね? お腹減るんすね?」


「だから俺は人間なんだって」



 朔は彼の横に並び、一緒にソバを食べました。優しいダシの味が、徹夜の体にはよく染みわたります。



「そういえば、あの電卓じゃない妹さんは大丈夫でした? かなり酔ってたでしょ?」


「また電卓……」



 電卓かー……。


 朔は今日のことを短く振り返ってみましたが、詩絵子には振り回されるばかりで、心は常に揺れ動き、とてもとても計算をしている余裕はありませんでした。


 そんな自分が情けなく思えて、朔は「はあー」と息をついて、カウンターに寄り掛かりました。



「ギンガ……俺が電卓になれるのは、好きじゃない女の子の前だけみたい」


「え、そうなんすか? 好きな子には計算ずくじゃないんすか? ていうかレオさん、好きな子いるんすね? やっぱり電卓みたいな子っすか?」


「はあ~……。好きな子の前でも電卓になりてーよ」



 つづく★



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