第59話





 そのままでいると、常人よりよっぽど少ない理性が消滅してしまいそうなので、詩絵子がよく眠っているのを確認してから、朔はホテルを出ていきました。


 彼が向かったのは自宅のマンションでした。マンションに入りかかったとこで、ちょうど目当ての人物が見えました。


 その背の高い男はタクシーを見送り、踵を返してこちらに歩いてきます。彼の前に立ち、朔は軽く手をあげました。



「ヘーロー。今回は本当に、殴り込みにきたぜ」



 数メートル先で、主任は立ち止まりました。街灯の灯る薄闇の中、二人は対峙します。



「ていうか今のタクシーのが奥さん? こんな時間まで一緒だったんだ。マジでびっくりしたよ。清水はあんたにとって、ただの不倫相手だったわけだ?」


「それについては、多少の誤解があります」


「へえ……。ま、俺も人のこと言えるほど立派じゃないけどさ。惚れた女が傷つけられて黙ってるほど、ボンクラでもないんだよね」



 朔の顔は笑っていましたが、それは優しいものではなく、むしろ相手を不安にさせる類のものでした。


 しかしそれを見て、主任は嬉しそうに顔を綻ばせます。彼はそれを隠すように、すぐに口元に手をやりました。



「なんだよ」


「いや……失礼ですが、本当に可愛いですね」


「……は?」


「詩絵子様と汐崎朔くんのコンビですよ。朔くんは本当に詩絵子様をお慕いしているんですね。この駄犬と同じように」


「はあ!? 全然あんたと同じじゃねーよ! 俺はドエムじゃねーぞ!」



 朔は反論しますが、なぜだか主任は愉快になってきたようです。



「詩絵子様が可愛いのでしょう? 分かりますよ。子供の容姿と精神を持つ、奇跡の女性ですから。信じられますか? あれで成人されてるんですよ? 素晴らしいですよね。なにをやっても合法です」


「だからちげーって! 俺はロリコンじゃねえ! ていうか何する気だよお前は!」


「否定されますか。まあ無理もないでしょう。僕も最初は戸惑いました。しかし朔くんは詩絵子様を好きになった。これは否定しようのないロリコンです」



 ロ リ コ ン


 その異様な言葉は、大きなタライとなって朔の頭に振り落ちました。それだけでもショックでしたが、主任はさらに腕を広げ、嬉しそうに言いました。



「ようこそ。こちらの世界へ」



 逃げ場のない行き止まりに追い詰められたような感覚でした。


 確かにそうかも……。あいつはほとんど子供……。うぞ……俺ってロリコンだったの!?


 朔をよそに、主任はなにやら語りだします。



「あの容姿にあの性格。わがままで感情のままに動き、見ていられないまでの軽率っぷり。最高ですよね……。ヌンチャクのように振り回してくれそうじゃないですか。素敵ですよね。詩絵子様のヌンチャクになりたいですよね」


「なりたくねーよ! 同意を求めんな!」



 なんなんだよ今日は!? 電卓だのヌンチャクだの……どっちも人間やめてんじゃん!


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