第55話



 ネオンに装飾されたホテルを指し、朔は軽い調子で誘います。しかしその直後、朔はハッとして、自分の右手を叱るように叩きました。



 だからこれがダメだってー! 本当にお軽いやつじゃん! よし、決めた。ヘビーにいこう。もっと渋く、重い感じで。



「いや、あっはっは。今のは冗談だがね? お嬢ちゃん、これからバーにでも飲みにいきましょうか」



 無理に低い声音で行き先を変更しましたが、案に相違して詩絵子はなんと頷きました。



「いく」


「え? バーに?」


「ホテル行く」



 そんなことを言われてしまっては、やはり目を点にするしかありません。



「な、なに言ってんだよお前……。今の冗談。ほんと冗談だからさ。俺はそんな軽くないってば」


「いいの! 体で払うって言ったじゃん! 一晩、二十六万弱! ちょー高級な女で悪いけど!」


「え、ええーーー!?」



 詩絵子にぐいぐい腕を引かれ、二人はホテルへ入っていきました。



 そして部屋。

 ほんのり薄暗い部屋を支配するのは、ほとんどが綺麗にメイキングされた広いベッドでした。二人はそこにちょこんと腰を下ろし、沈黙します。


 ラブホテルのムード満点な室内に黙り込んで座る男女は、なんともシュールな画を作り出していました。



「……ねえ、お前やけになってない?」



 黙り込む詩絵子に、朔は言いました。詩絵子はびくりと体を跳ねます。



「……やっぱり? やっぱりそう思う? そうなのかな?」


「そうだろ。彼氏が浮気してるんだから、私も仕返ししてやるーみたいなノリだろ?」



 そう言いますと、詩絵子はベッドへしなだれ落ち込みました。



「そっかー……やっぱりそうなんだ……私さいてーじゃん……考えてみれば、所持金500円だし……ホテル代も当たり前のようにあんた持ち……」


「ここけっこう良い部屋だよな」


「そうなんだよ……サウナまであるし……でもでも、だってだって……二十六万のこともあるし……こんな金額、なかなか返済できるもんじゃないし……」


「へえ。意外と気にしてんだ」



 詩絵子は顔を上げます。



「そりゃーそうでしょ。あんたからすれば、大金をどぶに捨てたようなもんじゃん? なんも楽しい思いしてないのにこんな額がなくなるなんて、私だったら絶対無理だもん!」


「そう? お前の助けになれたじゃん?」



 朔はあっけらかんと言いましたけれど、詩絵子は目を見張りました。すぐに涙ぐんだ目が細められ、「チビさくぅ……」と感動を噛みしめるように言いました。



「あんたってば……! 本当にいい人じゃん! 天使……! ほとんど天使だよ!」


「だから何度も言ってるだろ? 俺は好きな子には優しいの。そりゃあ天使だよ」


「さすがはホストだね!」



 そこで朔はハッとあることに気が付きました。


 だからこういうの! こういうのがダメなんだって! 言い方が軽い! 『好き』って言ってんのに、聞き流されてんじゃん!


 だいたいダメだろ、好き好き言ってるばっかじゃさあ。バカの一つ覚えみたいじゃん。よし! 押してダメなら引いてみろ! 恋は駆け引き! 俺はその道のプロのはず!



「ま、とりあえず金払ってお前を抱こうなんて思わねーからさ。酒でも飲むか? 嫌なこと忘れようぜ」


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