第54話
詩絵子はススス…っと自分の胸元に手をかけて、赤い顔で言いました。
「この代金は、体で支払わせてもらいます……」
「! な、ばっ!」
酔ってもいないのに、朔も赤い顔になります。
「なば?」
「いいんだよそういうのは! お前はまた俺のことをお軽い男と思って言ってんだろ!?」
「喜んでくれるかと……他に方法ないし……」
「だいたいあの土下座彼氏はどうしたんだよ! 好きになってきたって言ってたじゃんか!」
詩絵子はとたんに落ち込み、がっくり肩を下げてしまいました。
「主任……奥さんいたの……」
唐突な事実発表に、朔は目を点にします。
は? なに? 奥さん? 彼女ではなく?
「…………は?」
「ね? 『は?』って感じでしょ?」
「いやいやいや、ちょい待って。奥さん? 嫁さん? ワイフなの? マジで?」
「マジよ。会ってきたもん。『主人がお世話になってます』って挨拶されちゃったよ。清楚な感じの綺麗な人でさ。主任も私のこと『会社の部下』言うし」
ああ……それでやけになって飲んでたんだ。
彼女の行動に合点がいくと同時に、これはキツイだろうなあ、という自然な感情が湧いてきました。
そして奥さんがいるのに詩絵子と交際している主任に対し、怒りがせりあがってきます。けれどそこを堪え、朔は詩絵子の顔を覗きました。
「大丈夫かよお前? これは相当きついだろ」
「はっはっはーもうわけわかんないって感じだよ。私さーあんまり自覚なかったけど、けっこう主任のこと好きなのかな。すごいパニクってるもん」
この言葉は、汐崎朔の心をきゅーと冷たくしました。朔は胸を抑えます。
「だからそういうこと俺に言うなって! 胸が苦しいだろ!」
「はあ~~……。どうしよっかなあ」
「聞けよ!」
「あんたの言うとおり、彼氏の家に突然訪問はいけなかったみたいだよ。まさかこんなことになるなんてさ」
詩絵子はこちらを向いて、曖昧に笑います。朔はまた胸がつかまれたようになって、腕を広げました。
「やめろよ、そういう顔。抱きしめたくなるじゃん。ほら、おいで」
朔を一瞥し、詩絵子は盛大に溜め息をつきます。
「はあ~~~。軽い。あんたってほんと軽い」
「なんだよ、本気で心配してんだって」
「ダメだって、そういうの。今は寄りかかりたくなっちゃうじゃん」
ちょっと口を尖らせて、詩絵子は咎めるように言いました。
「いいじゃん? 寄りかかればさ。俺が受け止めちゃる」
「えー……。あんたってさ、絶対に彼女を不幸にするタイプだよね。いい男だけど、いい人ではない、みたいなさ」
それについて、朔は考えます。彼女の言っていることは、なかなか的を射ているように思いました。
「ま、いい男ならいいや」
「いいんだ?」
「ていうか見てみて、ちょうどいいところにラブホあんじゃん。休憩いっとく?」
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