第53話


「お客様、クレジットカードもお持ちではないでしょうか?」


「ないに決まってるじゃないバカ! カードは使いすぎるからダメってお母さんに言われてるんだから!」



 スタッフはまだ柔らかい対応をとってしますが、そろそろ面倒になりそうな雰囲気です。朔は慌てて駆け寄り、彼女の腕をつかみました。



「おいバカ! ここで暴れるな! 怖い人がくるぞ!」



 詩絵子は酔っぱらった目で朔を見上げ、「あー!」と声を上げます。



「なんでー!? なんでチビさ」


「バカ! 名前呼ぶんじゃねーよ! ねえ、こいつの会計いくら?」



 急いで口を塞ぎ、朔はとりあえず会計料金をスタッフに聞いてみました。



「五十二万八千円です」


「ぶっ!!」



 朔はまた吹き出しました。詩絵子は朔の腕をつかみ、がくがくと揺すります。



「ねえ聞いた!? そんな大金持ってるわけないじゃんね!?」



「バカかお前! お前が飲んだ分だろー!?」


「なによ! 客に金払えっていうの!?」


「金を払うから客なんだよ!」



 詩絵子はまた暴れだします。朔はそれをすっぽり抑え込みながら、どうしたものかと対処法を考えました。



「レオさん、知り合いっすか?」



 後ろからギンガが尋ねました。



「……こいつ、俺の妹なんだよね」



 高校の同級生では弱いと思い、朔はとっさに兄妹設定を活用します。



「え! そうなんすか!? うわーレオさんでも妹いるんすね? 普通の人間みたいじゃないっすかー。でも妹さんはどうやら、電卓じゃないみたいっすねえ」


「そ、そうなんだよー! こいつぜんぜん電卓じゃねーの! 計算できないの!」



 朔は詩絵子のことを双子の妹だと紹介し、なんとか料金を半額までまけてもらいました。



「いやーマジで助かるよー!」


「まあレオさんの妹ということですから」


「じゃ、あとは俺の給料から引いといてよ。ほら、帰るぞ」


「レオさんお疲れ様っす! あざーしたあ!」



 ギンガやスタッフに見送られながら、詩絵子の腕をひいて店をあとにします。外に出てしばらく歩いたところで、朔は勢いよく詩絵子を振り返りました。



「バカ! なにやってんだよお前は!! 夜の世界なめすぎだって! ほんとに怖いことになるんだぞ!?」


「やったータダだーラッキー。バンザーイ」



 怒る朔とは対照的に、詩絵子は腕を上げて喜んでいます。朔はすかさずその頬をつねりあげました。



「おーーまーーえーーなあ~~~。状況分かってねーだろ」


「び、びたい……じゃんと分がってるよー。私の飲み代を、チビ朔が払ってくれた」


「へえ。酔っぱらってるくせに分かってんじゃんか」



 そこで詩絵子は、いきなり頭を下げて申し訳なさそうにしました。



「ごめんなさい。私にはとても返せるような額ではございません」


「いや、別に返さなくていいけど……もうすんなよ?」



 溜め息を吐いてそう言うと、詩絵子はぽーっとして朔を見つめました。



「やさしい……あんたって、実は優しかったのね……」


「ははっ、今更気が付いた? 惚れた女にはちゃんと優しいのよ、俺は」


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