第49話
「ど、どうしたんですか主任……今、都合が悪かったですか……?」
主任に拒否されるのは初めてだった。私は内心うろたえた。
「事情は後ほど、しかるべき時間をとって説明させていただきますので、今日のところは」
「帝人さーん? お客様ですか?」
再び玄関が開かれ、中から女性の声が問いかける。ぽんやりとした和やかな声だった。女性が出てきてしまう前に、主任はすばやく立ち上がる。
「やっぱりお客様でしたか」
清楚な長髪を揺らし現われたその女性は、少し目を広げて私に笑いかけた。
「…………」
え? え? ぇええーーーー!?
主任が家に女つれこんでるーー!?
「帝人さん、この子はどちら様でしょう?近所の子ですか?」
女性は私をしめし、微笑ましそうに尋ねる。
……子? この『子』? 子供と思われてる?
カッチーーーン。
私の本能は、即座にこの女性を敵とみなした。
ムカつくムカつくムカつく! 主任の家にいるのがなにより気に食わない!! なによ帝人さんって馴れ馴れしい!!
「子供じゃありません。立派な社会人です。もう二十歳も越えてます」
敵意丸出しで噛みつくように答える。
「そうなんですか。すみません、あんまり可愛らしいので、ふふ」
彼女は口元に手を当てて穏やかに笑う。なんというか、優しいお姉さんという感じの人だ。母性を感じる大きな胸が目についた。
ますます腹が立つ。
くっそー! なによその余裕の態度は! そんなデカ乳ぶら下げて、まな板の私に太刀打ちできると思ってんの!?
ていうか誰なのよッ!? 主任の言ってた用事ってこれなの!? この人に会うために帰ったの!?
私はこの人についての説明を求めるように、キッ、と主任を見上げた。主任はなんとも言えない渋い顔をして、女性に顔を向ける。
「中で待ってろ。すぐに戻る」
「そうですか。ではせめて紹介だけでも」
「彼女は会社の部下だ」
主任は女性の言葉に蓋をするみたいに素早く答えた。私は驚くばっかりだ。会社の部下って……あってるけどさ。なんで彼女って言わないのよ。一応、彼女でしょ?
気に食わないことばかりで顔をしかめる私へ、女性は丁寧にお辞儀してとんでもないことを言った。
「初めまして。向井帝人の妻の美雪です。会社では、いつも主人がお世話になっています」
「…………」
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ぷつん。
詩絵子の思考回路がショートしたため、次回はナレーションによる別視点でお送りします。
ちなみにこの15秒後に送られてきた主任からのメールがこちら。
『詩絵子様、本日は夜分にわざわざこの駄犬の薄汚い犬小屋までご足労いただき、誠に感謝しております。ひょっとすると、汐崎朔くんとのことで僕が気を病んでいると思い、その優しさから訪ねて下さったのでしょうか。もしそうでしたら、体が内側からひっくり返るような感激でございますが、このような鉢合わせをさせてしまい申し訳ありません。気に食わないという顔をしておられますので、どうかその気持ちを我慢せず(我慢は体によくないばかりか、精神がとっても疲れますからね)、殴る蹴るムチを打つなど好きなように、駄犬を痛めつけて発散していただければと思います。と、その前に説明しなくてはならない事情がございますので、そのご褒美はまた後日ということになりますが、こちらの説明もなにぶん複雑で、時間を要すものですから、時間をつくってお話に耳を傾けていただけないでしょうか。たぶん今はびっくりされて、お話を聞けるような落ち着きはないとお見受けしますので、どうか明日、退社してからすぐに話の場を設けていただきたく思います。それにしても、こんな時にお伝えするのは不謹慎かもしれませんが、冷えピタをおでこに貼って毛布にくるまり、ぬいぐるみを抱える顔の赤い詩絵子はこの世のものとは思えないほど愛らしかったです。一眼レフを持参しなかったことが悔やまれます。写真にさえ収めていれば、いつかお話したプレイを実行できるチャンスでしたのに……。話は戻りますが……』
つづく。
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