第48話


 そうして警察署をあとにし、主任はうちのアパートへ戻った。階段を上がる中ごろで、主任はふと電柱に隠れる美里の方を向いて、何気ない様子で言った。



『遅刻するなよ』


『!! は、はい!』




「というわけなの。声かけられたときはホントびっくりしたわ」



 話を終えて、美里はふーっと長く息を吐いた。それから私に顔むける。



「よかったじゃない」


「よかったじゃない……?」



 今の話に、よかった要素あるかな?



「あんたには主任という最強のセコムがついてるのよ。きっと何があっても大丈夫よ。すみやかに対処・解決してくれるわ」



 そうなのかな~。助けを呼ばずとも駆けつけたり、証拠となる会話の記録を持っていたり、いろいろと気になる部分はあるけど、確かに安全は安全なの、かも……。


 そういえば今日、主任は最後に『大丈夫ですか?』って聞いてたっけ。あれって変態男に襲われそうになったの知ってたから、心配して聞いてくれたのかな……。



「そういうわけで、遅刻するとまずいからそろそろ行くわ。主任に怒られたくないし」



 じゃ、と美里は立ち上がって手をあげる。



「え、待って待って!私どうやって主任と仲直りしたらいいかな!?そっちが解決してないよ~」


「そんくらい自分で考えなさい」



 助けを求める私を振り返りもせず、美里はあっさり家を出ていった。




「えー仲直りするんのかよ? まだ諦めてないの?」



 すぐにチビ朔は言った。



「それはしなきゃでしょー誤解されたままは嫌だしさー」



 そうは言うものの、どうすれば仲直りできるんだろう?こういう経験ないからな~さっぱり分からん。


 でもま、とりあえず今日も主任から変態メールが届くだろうし。それを見て主任の温度がどれくらいのものか見定めて、そっから対処法を考えよう。


 けれどもその日、待てども待てども主任からのメールは届かなかった。



「なんでよ~~~きてほしくないときはしつこくくるのに~~~!」



い間にらめっこしていたスマホを、たまらずベッドに投げ出す。


 もうすっかり夜だった。チビ朔も私も主任の置いていった薬を飲んで体調は回復し、チビ朔は仕事に出かけていった。


 メールがないということは、やっぱり怒っているのかもしれない。



「……よし。こうなったら主任の家に押しかけてやる。家で待ちぶせしてやるッ」



 思い立ったが吉日、私は準備を整えて主任の住むマンションへ向かった。


 いつものエレベーターでも、チビ朔と会わなかった。どうやら今日は、真面目に仕事をしているらしい。


 主任の家の扉を前に、私は一度深呼吸をした。


 チビ朔のアドバイス通り、まずは『ごめんなさい』しよう。あと、料理や薬のお礼も言わなきゃ。それからよくよく話し合おう。


 ……あれ?なんか私、必死になってない?私って、そんなに主任のこと好きなんだっけ?


 いや……それはともかく、こんな中途半端な状態は落ち着かないし、どこかはっきりした地点を見つけて収まらないことには気が済まないもん。


 もう一度深く息を吸う。う~~なんか緊張するなあ。


 胸を抑えて部屋の暗証番号を入力し、ドアを開け―――ようとしたところで、向こう側から勝手に開いた。



「!!」



 私は驚いて体を反らす。ドアの隙間から顔を出し、主任がこちらを見下ろしていた。



「しゅ、主任……来ちゃいました。あはは……」



 一歩下がり、空笑いを漏らす。主任は外へ出てきて、玄関の扉を閉じた。


 あれ?入れてくれない……?



「主任、今日は仕事終わるの早かったんです、ね……」



 言い終わらないうちに、主任はその場に勢いよく土下座した。

 あまりにも勢いがよかったもので、私にはこのでかい男が、目の前からふっと消滅したように見えた。


 ん……?なんで主任が土下座?



「申し訳ありません詩絵子様!今日はお引き取りください!」


「…………」



 え?



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