美里の裏話と「向井帝人の妻です」
第47話
『あ~けっこう飲んだなあ~』
真夜中、合コンからの帰宅途中だった美里は、ほろ酔いで歩いていた。
「えー美里、女の子一人で酔っぱらって歩いてちゃ危ないよ~」
「俺もそういうの反対だなあ。野郎に送ってもらえよ」
「ていうかこの間の彼氏は? 合コンで出会ったって言ってた人」
「もうとっくに別れたよ」
美里は回想を続ける。気持ちよく歩いていたところ、その辺りが私の住むアパートの付近だと美里は気が付いた。
『あー。なんか見覚えのあるアパートだ。詩絵子寝てるかな。キシシ。ちょっと脅かしに行こーっと!』
「美里ちゃん、これは誰なの? あなたは酔っぱらうと、そんなに陽気な子になるの? キシシ、なんて笑い方、なかなか出てくるもんじゃないよ」
「気分がよかったのよ。最近寒くなってきて、空気が綺麗に感じるし」
美里がアパートに入ろうとしたところ、チビ朔が横からやってきて、階段を上がっていった。なんとなく美里は隠れてしまい、電柱の影からその様子を見守った。
「あん時いたんだ?」
「実はね」
「なんで隠れるのよ」
「見ちゃいけないところだと思ってさ。浮気現場になるわけじゃない? でも本題はここからよ」
チビ朔が階段を上がってすぐ、アパートの前に一台のタクシーが急ブレーキで停まった。中から出てきたのは主任だった。
『釣りはいらない』
主任は手早く運転手に告げる。その時の彼はおどろおどろしいオーラを纏っており、その右手には大きな黒いバッグが、左手には開いたままのノートパソコンが、耳にはワイヤレスのイヤホンが装着されていた。
「主任その時からいたんだ……。まるで変態さんが来たのを知って駆け付けたようなタイミングだね……」
「……おそらくはそうでしょうね」
そこで美里はやばいと思った。今主任が行っては、チビ朔と鉢合わせになってしまう。どう考えても修羅場は必至。しかし主任の滲ませる空気は、声をかけるのも躊躇させた。
『やばいやばい! 今行ったら絶対やばいってえ~!』
美里が焦るそうしたとき、チビ朔に蹴り落とされた変態男が階段を転がってきた。主任は素早く壁に隠れる。
『え、どうした、そんな怖かったの?』
『……怖か、った……』
階段の上からはそんな声が聞こえてくる。
そこに慌てた変態男が走ってきた。壁の裏に控えていた主任は、奴の足をはらって転ばせ、その口をガムテープで塞ぎ、すばやくロープで拘束した。
「それはそれは見事なお手並みだったわ」
「さすがはロープ使いだな」
変態男は訳の分からないままに、セイウチのようにその重たい体をじたばたとよじった。そんな男の横にしゃがみ込み、主任は真夜中の悪魔よりも低い声音で言った。
『このアパートの半径10キロメートル以内に、二度と近づかない。今言った範囲は、お前の危険地帯になった』
男は恐怖に目を見開き、主任を見返す。街灯に照らされた薄闇の中、主任は口元だけをかすかに笑わせた。
『予言をしようか。このことを破れば、お前は不慮の事故に遭う。どのような例外もない』
「こっわ! あの主任でも怒ることあるんだ!?」
「そうよ。しかも冷静で有無を言わさない戦法よ」
「いっちゃんヤなやつだな」
「そうやって絶対に外れることのない予言を叩きつけて終わると思うじゃない?」
「うん……。じゅうぶんだよ」
「それがこの上、主任は男を警察にまで連れてったのよ」
「え、すごい」
美里は警察署までこっそり後をつけた。
中まで入ることは出来なかったが、どうやら主任は男の犯行の証拠となる会話の記録などを所持しており、それらを警察官に差し出した。
男はすっかりものを言わず、借りられてきた猫のように大人しかったが、そういう男なので前科があったらしく、今回とは別件で逮捕に至ったという。
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