第45話
「弱ってる感じを出した方が、あいつも色々言いづらいじゃん?」
「おおっ! それナイス! もっとないかな? 弱ってる感じだせるやつ!」
「おし、体温計も挟んでけ!」
「いいねいいね! あ、毛布にくるまって引きずっていくのはどうよ!?」
「それ採用! あ、そうだ! あいつ子供が好きなんだろ? このアザラシも抱えてけよ!」
「おっ! 可愛いアピールだね!」
私はわきに体温計をはさみ、毛布ですっぽり体をまき、アザラシの枕を抱え、準備を整えた。
「いいじゃんいいじゃん! 熱の子供が夜中に起きてきた感じ!」
「よっしゃ! その設定主任の大好物だと思う! ほんじゃいってきまっす」
そうして毛布を引きずり踵を返したところで、私はふと気になって振り返った。
「どうした?」
ベッドへ寝そべり直したチビ朔は、忘れ物か?というように問いかけてくる。
「……あんた、いつまでそこにいる気なの?」
そうだ。アザラシを抱えたりするよりも、最優先で今やるべきことは、こいつを追い出すことじゃないのか? 浮気相手(ではないけれど)よその男が家にいる中で話し合いを持ちかけるのはいかがなものだろう。
チビ朔はこともなげに答えた。
「俺もちょっと落ち着いて事情が伝わったところで、話に参加するからさ」
「はあ? なんのために?」
「お前と別れてくれって」
………………。
「……正気?」
「おう。正々堂々と言うよ、俺は」
「……いや、待って待って。ちょい待ち」
その状況を頭に思い浮かべてみる。事情を話し、よしんば仲直りできたとしよう。そこでチビ朔が話に参加してきて『こいつと別れてくれ』と申す。
いったいどうなんの……?
「ぼけえ! あんた邪魔者いがいの何者でもないよ! ていうか邪魔そのものだよ! こうして助言してくれたのにさ、なんでそんな最後にぶち壊すようなこと企んでんの!」
「それはそれ、これはこれだろ?」
「そんなわけあるかあ! はやく帰ってよ!」
「やだ!」
その場にどしっとあぐらをかき、チビ朔はてこでも動かないぞ、という決意の固さを前面に押し出した。
「やだじゃないでしょ! あんたがここにいるのが一番だめだって!」
「ぜってー帰んない! 今帰ったら俺の負けみたいじゃん!」
「勝ち負けとかじゃないじゃん! だいたい諦めるって言ったじゃん!」
とたんに、チビ朔はぽかんとして顔を横へ傾けた。
「え~~~? 言ったっけ~~? そんなこと」
「……」
私はこれ以上ない角度でチビ朔を見下した。
「おいやめろ。その角度やめろ」
「チビ朔? さっき誠意とかなんとか言ってたじゃん? ひとついい言葉をプレゼントしましょう」
ごほん。一度咳払いをして、私は厳かに言った。
「『誠意とは、己の言葉に責任を背負うことなり』」
「……誰の言葉?」
「私の名言。心に刻め。そして帰りな」
チビ朔は追い詰められたように視線を下げた。そろそろ諦め、帰らなければと思い始めているのだろうか。けれど考え抜いたあとで、チビ朔は顔を上げた。
「俺はお前を好きって言った。そっちの言葉に責任を背負うぜ」
「…………」
ひゅう~かっっくい~~……ってなるかあ!!
「屁理屈! ザ・屁理屈!」
「屁理屈じゃねーよ! 誠意だッ!」
「どこがッ! いいから帰ってよ!」
「やだっ!」
「やだじゃない! なに子供みたいなこと言ってんの!」
「ぜってー動かねーからな!」
ぐぬぬぬ……。しばしにらみ合い、それから私は動いた。
「でてけーーー!!」
チビ朔をベッドから引きずり下ろし、がむしゃらにドアまで行こう……としたところで、やつはベッドの枠につかまって持ちこたえた。
ベッドと私の間で、チビ朔は架け橋のようになる。私は力いっぱいに全霊でやつの足を引いた。チビ朔も全力でベッドにしがみつく。
「ぐおおおおおおおお」
「うぐううううううう」
そして一分後。
「はあはあ」
「ぜえぜえ」
互いに引かぬ熱いバトルの末、呼吸を乱して私たちは咳き込んだ。
「ゲホッゲボ……このバカッ!!」、べしんとチビ朔の尻を叩く。「なにやらすのよ!! ぜっっったい熱あがった!」
「俺のせいかよ!?」
「そうだよ!!」
そうしたところ、台所から静かに主任が出てきた。
「しゅ、主任……」
一気に狼狽する私をよそに、主任はおわんを二つ持ち、それをテーブルに置いてスプーンを用意した。そして自分はテーブルの前に正座して、差し出すようにお椀を手で示した。
「どうぞ」
湯気の立ちあがった、美味しそうなおかゆだった。卵と塩じゃけとネギのおかゆだ。それらの具は白がゆの中で混ざり合い、それはそれは目に優しい色合いと香りで、こちらの食欲をそそった。
私とチビ朔は顔を見合わせる。それからすぐに席について、それぞれにスプーンを持った。
『……いただきます』
ほかほかのおかゆを一口すくい、息を吹いて口に収める。あたたかく素朴な味だった。私たちはまた顔を合わせる。
「美味しい!」
「うまいな!」
「お腹減ってたんだね、私たち」
「あんだけ動いたしな」
私たちはがっついておかゆをかきこみ、その温かい質量が胃の中に充満したのを感じながら手を合わせた。
『ごちそうさまでした』
結局、私たちが食べ終わるまで、主任は静かにこちらを見ているだけで、とくになにも言わなかった。私はベッドへ寄りかかり、お腹をさする。
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