第44話



「チビ朔……あんたって恐ろしいほど気が強いんだね。小さい犬ほどよく吠えるっていうもんね?」


「小さい言うな! なんかもやもやすんだろ、こういうの。いっちょ殴り合いでもした方が、さくっと解決するんだよ」


「そういえばチビ朔くん。君はモテモテナンバーワンのホストだよね?」


「それがなんだよ」


「ってことは、こういう修羅場みたいなものも今まであったんじゃない? その時はどうやって対処したの?」


「えー。あんまねーよ、こういうのは。うまくかわしてきたからさ」



 私は舌打ちをした。



「チッ。このチビ朔がっ」


「お前けっこう怒ってんだな」


「今までうまくかわしてきたなら、なんでよりによって今しくじんのよー! 今回もうまく回避しなさいよー!」


「ちょっと抑えがきかなくってさ。暴走しちゃったんだよ。やっぱ人間、冷静でいようと思っても、本気の想いは従わせられないってことだよ」



 チビ朔は腕を組み、うんうん頷いてひとりで納得する。



「なにうまくまとめてんのよ! まだ解決してないんだけど!」


「まあさ、まずはなにを最優先してやるべきか、ちょっと考えようぜ。落ち着いてさ。はい深呼吸~」



 腕を上へ伸ばし、チビ朔は大きく息を吸う。そうだ、たしかにそうだ。冷静にならないと。私も同じように深呼吸をして、ひとまず冷静に考える準備を整えた。



「よし。落ち着いたか?」


「うん。ちょっとは」


「じゃ話し合おう」



 私たちはあぐらをかいて向かい合う。チビ朔は顔の横に人差し指を立てた。



「俺が思うにだな、まずは何をおいても話し合いだ」


「おおっ。話し合い」


「そ。まあこれは、あいつとの関係を続けたい場合だな。お前が別れたいって言うんなら、あいつに『これからは汐崎朔様のしもべとなって生きてまいります』って一言いってやれば、あとは俺がうまいこと処理するからさ」



 私はげんなりして、ごみくずを見るようにチビ朔を見た。



「……オーケー。これはナシ、と。まあ冗談だからさ」



 はは。チビ朔は弱い笑い声を出す。



「冗談じゃなかったらぶっ飛ばすよ」


「……お前まじで口悪くなってるじゃん。これって相当怒ってる?」


「……あんたへの怒りもちょっとはあるけど、大半は自分かな」



 その言葉のあとで、私たちの間を沈黙が横切っていく。すぐにチビ朔は溜め息を吐いた。



「わかった。分かったよ。真面目に考えるよ、あいつと仲直りできるように」



 不機嫌な顔ではあるけど、なにか吹っ切れたようでもあった。そしてまた、人差し指を顔の横に立てた。



「いいか? こういう時に絶対やっちゃいけないけどやっちゃいがちなのが、『怒涛の言い訳責め』」


「怒涛の言い訳責め」



 私は復唱する。名前からしてゴツイ。



「そ。とにかくこういう事情があって、こういうことがあって、っていうのを、泣きながらありありと語るやつ。これがいっちゃんキツイ」


「ほおほお。たしかにそれはやっちゃいがちかも」


「だろ? てんぱってるから話も支離滅裂で分かりづらいし、よくよく聞いてみると、たいていは『私は悪くない』っていうのを遠まわしに回りくどく、あらゆる言葉をつかって言ってるだけだから。ていうか、怒涛の言い訳責めをされるとそう見えちゃう」


「へえ。いいとこなしなんだね」


「そう。だからこれはバツ!」



 腕で大きな×印をつくり、全身でいけないことだと示す。私もつられて「バツ」と指で真似た。



「そもそもな、こんな場面見ちゃったら、彼氏側は怒り狂ってまともな状況じゃないか、一気に冷めて別れを考えだしてるとこなんだよ。そんな時に彼女の言い訳なんて、頭に入ってこないわけだよ」


「え……じゃあどうすればいいのよ?」



 言い訳もできないなんて、打つ手がないよ。



「まあなーこういう場面見られた時点でほとんどアウトだからな。こっからの起死回生は、正直すげー厳しい」


「そんな……」


「でもま、あいつの場合、けっこう大人なわけだし、話くらいは聞いてくれそうじゃん? 相手にまだ話を聞こうって気があんなら、まずは素直な『ごめんなさい』だな」


「ごめんなさい?」



 私はトンキョウな声で繰り返す。



「そうだよ。言い訳は一切せず、謝罪の気持ちがあることを伝える。それが一番誠意が伝わる」


「えー正直なところを言うと、私はそんなに悪くないかなって思うんだけど」


「だめだめ。どんな事情があってお前に非はなかったとしても、こういう場面見せちゃったことは謝らないと」


「……なるほど」



 う~ん……。チビ朔の言っていることは一理ある気がする。



「よし。それじゃあ私、話し合ってくるよ」



 立ち上がり、チビ朔へ軽く手を上げる。



「いやちょっと待て」


「なに」


「なんか足りないな。あ、あれだ。お前冷えピタ貼ってけ」



 テーブルに置きっぱなしになっていた冷えピタをとり、チビ朔はそれを私のおでこにはっつけた。



「あ~じんわり気持ちぃ~」


「よし、これで病気っぽさが出たな。話し中はときどき咳しろよ?」


「なんで?」



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