第41話



「なんで離れんの」


「……ねえチビ朔くん。助けてもらってすごく感謝してるんだけどさ……この状況ってすごくまずいよね? 詩絵子ちゃん気づいちゃったよ」


「そお? 別にいいじゃん。問題ないだろ」


「え? ないかな?」


「ないない。なんも気にすることないって。俺たち高校の時の同級生じゃん?」



 あー……そうかな? そっか。高校の同級生だもん。同じベッドで寝るくらい普通だよね。そう納得して目を閉じる。もう意識が眠っているのか、起きているのか、その中間辺りを曖昧に彷徨っていた。


 ややあって、意識は眠りのほうへと沈んだ。


 のに。



「なあ清水ー」



 意識の行き先は、睡眠から怒りに変わった。



「……やっぱ帰って」


「手にぎっていいー?」


「ほんとバカ。ちょっと賢いと思ったけど、あんたってほんとバカ」


「いいじゃん甘えさせてよ」


「……」



 少し眠気が遠ざかってしまい、私はぼんやりと天井へ視線を向けた。暗い天井が、闇を湛えてこちらを見下ろしている。



「スキ」



 唐突に現われたその言葉は、天井に浮かんで、ぱっと小さく闇の中で光ったようだった。顔を横へ向ける。チビ朔は私の手を握り、その手を抱きしめるみたいに胸へ引き寄せた。



「すげー好き。大好き。めっちゃ好き」


「……なに急に」


「ん~~~……やばい俺、熱で弱ってる。抑えがきかない感じ」



 私はまた天井へ目を向けた。……やっぱり、この状況ってアウトだ。



「チビ朔? 変なこと考えないでよ?」


「なに変なことって。全然わかんない」



 そう言いながら、まるで抱き枕にするみたいに、チビ朔は私の肩に顔を埋めた。



「ね、ね、こういうの。こういうのが変なこと」


「あったけー。お前すげーあったかい」



 ちょっと腕を持ち上げようとすると、さらにきつくすり寄ってくる。私はすっかり壁に追いやられ、直立して体をこわばらせた。


 やつの顔が、すぐ横にあるのが分かった。火照った息が、耳にはいる。



「ねえチビ朔」


「ん?」


「キライ」


 ………………………。



「スキ。俺はすげー好き」


「あーもう、喋らないでよ、くすぐったい」



 声が耳にかかり、くすぐったくて体をよじる。チビ朔はおかしそうに笑った。



「耳弱いんだ。噛んでいい?」


「だ、ダメに決まってるでしょ!!」


「じゃ舐めるのは?」


「ば、ばーか! ばかばかばかッ! あんたは世界一のバカっ!」



 って、私のほうがバカじゃん! なにこの幼稚な返しは~!



「まあまあ大人しくしろって。ここから抜けることもできないだろ?」



 チビ朔は余裕の声を出す。


 こいつ、バカにして!



「くっそ~!」



 私は全身の体力をかき集め、力を振り絞ってチビ朔を押した。



「おっわ!」



 一度驚き、チビ朔も負けずと腕に力を込めて応対する。私も全力であらがった。



「うおおおおおおおお」


「ぐぬううううううう」



 私たちの雄たけびは部屋にこだまし、その壁をその天井を揺るがし、ベッドはギシギシと軋んだ音を立て、互いに一歩も引かない勝負が続いた。



 そして一分後。



「はあはあはあはあ」


「ぜえぜえぜえぜえ」



 胸を大きく上下させ、私たちは大の字になって天井を仰いだ。



「はあはあ……ば……バカかお前は!」


「いった!」



 チビ朔の腕が、首に振り下ろされる。



「なにすんのよ!」


「せっかくいいムードだったのによお! ムードをちゃんとつくれって言ってたじゃんか!」


「つくれとは言ってないでしょー!? どうやってもあんたとそういう感じにならないから!」



 チビ朔は耐えかねたように「あー!」と叫び、勢いよくこっちに顔を向けた。



「スキっつってんだろ!?」



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