第33話




「え! なに! なんだよ! どうしたしみ……のわっ!!」



 チビ朔も飛び上がって驚いた。



「た、祟りだ! ロープ様の祟りだ! ロープ様は死人を操れるんだ!」


「どうしよう、次は私たちを狙ってくるよ!」



 血が流れる口で、主任はうめき声のように言った。



「しえこ、さま……」



 そして骨のない生き物みたいに、にゅるりと器用に体をくねらせ、ずるずるとこちらへ這い出してくる。


 それはまるで、テレビから出てくるかの有名な幽霊を再現したようで、私たちの恐怖ゲージを振り切っていく。



「ほらほらほらほらほらあ!!」


「は、はわわわわわわ……!!」



 あまりの恐ろしさに、私は限界までドアへ擦り寄る。チビ朔もキャーキャー言ってドアノブをガチャガチャしながら、でも焦りすぎて開くまでに至らない。



「し、絵子、さま……」



 しかしもう一度私を呼んで、主任の血まみれの顔はフローリングへ落ちていった。静けさがやってくる。ちょっとしてから、私は呼んだ。



「主任……?」



 返事の代わりに、にわかに荒い息遣いが聞こえてきた。チビ朔と顔を見合わせ、私はおそるおそる主任へ近寄り、額に手を当ててみた。



「あっつ!」


「熱い……? てことは生きてんだな……?」


「でもやばいよ! こんなに血だらけで!」


「とりあえず起こそう! ベッドまで引きずろう! 引きずるくらいならできるだろ、なっ?」



 私たちは主任の大きな身体を引きずり、寝室まで運ぶことに成功した。ソファーから勝手に降りてきてたので、引きずるのはそんなに難しくない。



「どうやってベッドに上げよう……」


「持ち上げるのはやめといた方がいいしな」



 ベッドの高さを前に、私とチビ朔はロープで縛られたままの主任を見下ろして悩んだ。


 そうしたところ、主任の体がくの字に動いた。そしてバネのようにピヨンと飛び上がり、勝手にベッドへダイブして行った。


 私とチビ朔は顔を見合せる。



「……あれだ、寝相だ」



「……そうだね。意外と寝相悪いんだ」



 そうでなければ、高熱で血を流しているにも関わらず、こんなアクロバティックな動きをできるはずがない。まずは血を拭いて、主任を病人らしい装いに整えてから体温を測ってみた。


 ピピピピ、ピピピピ



「40.2度……」、表示された数字を、うっそうと呟く。「どうしよどうしよ! たしか40度超えたら死んじゃうんだよね!?」


「ちげーから! とにかく熱を冷ますぞ!」


「そ、そうだね!」



 私たちはダッシュで冷蔵庫へいき、氷と水をしこたまボウルに入れ、タオルを取って戻った。氷水にタオルを浸し、汗ばんだ額に乗せる。



「大丈夫かな……これくらいで治るのかな……」


「そうだ! たしか、わきとか膝裏冷やすといいんだよ!」


「そうなの?」


「なんかの番組で観たんだよ。血管がいっぱい通ってるとこを冷やすと熱が下がるって!」


「タオルいっぱい持ってくる!」


「保冷剤もな!」


「ガッテン!」



 私たちは濡らしたタオルや保冷剤を、主任のわきや膝裏に挟んでいった。縛ったままなのを忘れていたので、ロープもはずした。



「これで熱さがるかな?」


「いや、なんだろ……なんか足りてねーな。あ! 思い出したぜ! 長ネギだ! 長ネギを首に巻くといいんだ!」


「長ネギ……! 冷蔵庫見てくる!」



 冷蔵庫に新鮮な長ネギがあったので、それを無理に曲げて主任の首に巻きつけた。



「長ネギってなんに効くのかな。もっときつく巻いた方がいいのかな?」


「そうかもな。隙間があると良くない気がするな」



 更にきつく、首に押し付けるように長ネギを巻きなおす。



「他になにがある? 看病ってあんまりしたことないんだよね」


「そうだな……。あとは基本だけど、もっと毛布を乗せてあっためるのがいいんじゃねーか?」


「その手があったね!」



 私たちは家中からあっかそうなものをかき集め、チビ朔にも家から毛布を持ってきてもらい、敷布団から冬物のコートにいたるまで、乗せられるだけ山盛りに乗せた。



「あとは? 他になにやったらいいんだろ」


「ここまで完璧に病人の身の回りを整えたら、あとはもうちょっと回復したときに食える料理の準備だろ」


「そうだね! 私、材料買ってきたんだ!」



 スーパーの袋をキッチンへ持っていき、私たちは袖をまくって手を洗い、料理をするための準備を整えた。



「さあて」



 元気に言って、チビ朔は意気揚々と袋を漁りだす。そして中から出てきたポテチを見て、目を点にした。



「なんだこれ」


「ポテチ。塩分とった方がいいと思って」



 チビ朔はぽかんとして私の顔を見た。けれどなにも言わず、すぐに袋の中から食材を取り出す作業に戻る。



「これは……」


「冷凍のハンバーグ。美味しくて便利でしょ」


「こっちは」


「カレーのルーだよ。風邪のひきはじめにいいって聞いてさ」


「このお菓子は」


「ポッキーだね。小腹がすいたら食べようと思って」



 ここで痺れを切らしたように、チビ朔はポッキーの箱をパカっと床に投げつけた。



「ひ、ひどい」


「なんだよこれは! これでなんの料理をつくる気だよ! なんのためにお前は手を洗って料理の準備したんだよ! これらに調理は必要ねーじゃんか!」


「カレーはいるでしょ! 野菜切ったりとかするし!」


「その野菜はどこにあんだよ!」


「それは……ちょっと……買い忘れたみたいだけど」


「おかゆとか果物が定番だろこういう時は! 風邪ひいたときのお供がひとつも見あたらねーよ!」


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