第34話



 ぐうの音も出なかった。たしかにチビ朔の言う通りだ。風邪をひいたときのお供はおかゆや果物だろう。漫画やドラマでも観たことがある。うちの母親もそうしてくれた。



「そういえばそうだった……私、なんか、勢いで手当たりしだい選んじゃって……しかも自分のおやつばっかり入ってるし……」



 力なく腕を上げて袋を逆さまにすると、板チョコやラムネやグミなどのお菓子がわんさか落ちてきた。



「そんなんじゃ、あいつに愛想つかされるのも時間の問題だな。俺が別れさせるまでもなく」



 チビ朔は意地悪く笑う。言われてみればそうだ。料理もできない仕事も不真面目、洗濯や掃除の家事も大雑把。しかも看病すらまともにできない。


 この時はじめて、自分がダメな女だと理解した。こんな女、誰も選ぶわけないよ……! 私が男だったら絶対むり!



「よしっ! わたし、おかゆ作ってみる! お米あったしね!」



 背筋を伸ばして決意する。チビ朔はぱちぱちと小さく拍手をくれた。



「えらい。えらいじゃんお前! そういうの好きだぜ」


「あんたのためにやるんじゃないよ?」


「まあまあ。頑張る女の子は可愛いなってことだよ」



 私はおかゆを作る準備を始めた。しかしなにぶん、普段まったく料理をやらないもので、なにをどうすればいいのか、おろおろしてしまう。



「まずはな、米をあら」


「待ってストップ! 言わないで! 自分でやりたいから!」



 見かねて助言しようとするチビ朔に、手の平を向けてとめる。



「おおっ! さらに偉いじゃん! そうだよな、一人でできないとだよな! じゃ、俺なにも言わないから、がんばれよ」


「うん!」



 私はおかゆを作るための手順を考えた。まずは、そう……米だ。米を洗えばいいのだ。



「そう。カップで測んのよ。知ってる。これくらい知ってるから。世の中の常識だよね」



 カップで米を計量して、ざるにお米を入れる。チビ朔は椅子に腰を下ろし、カウンターからこちらの様子を見ていた。



「えーと……次は……」



 早くも困り、ちらりとチビ朔を見る。チビ朔は両手で口を塞いで、なにも言わないことを示した。



「わ、分かるもん。お米を洗えばいいんでしょ? じゃーっと水で流すの」



 米を洗い、私は次にどうすればいいか辺りを見回す。手鍋があった。



「おかゆって鍋でつくるイメージあるけど……どれくらい水いれればいいんだろ」



 手鍋を手にしたところで、チビ朔は『あっ』という顔をし、すぐにその口を塞ぎなおした。


 ん? この反応……手鍋はバツだな。



「んーと、んーと……」



 更に見回すと、炊飯器を見つけた。炊飯器……名前の通り、米を炊きあげる機械だ。



「でもな~これじゃあちょっとなあ。普通のご飯になっちゃうから……」



 炊飯器をまじまじ見つめる。そこで私は気がついた。炊飯器にはメニューがあった。炊き方を選択できるのだ。



「あ! おかゆがある!」



 表示画面に『おかゆ』の項目をみつけ、私はお宝を発見した気持ちになってチビ朔を振り返った。



「チビ朔! あったよ! 炊飯器でおかゆが炊けるんだね!」


「よく見つけたじゃん! 鍋もったときはひやひやしたよ! お前に手鍋は早いって!」


「これでおかゆが出来るよ~!」



 私は洗った米をお釜に移し、お釜の内側に刻まれた目盛りに従って水を注いだ。お釜をすとんと炊飯器に戻し、蓋をしめる。そしてスタートボタンを押す。すると『あとは私に任せてね♪』と言っているような、軽快な音楽が鳴った。


 私は感無量で息をつき、額の汗を拭ってチビ朔を振り返った。



「できた! できたよチビ朔~! 私ひとりで出来たよ~!」


「やるじゃんか清水! 炊飯器に気づいたのはすげーよ!!」



 私たちは手を取り合って、その場をくるくると回りながら喜んだ。



「よし、それじゃ私、主任の様子みてくるね!」、そうしてルンルン気分で寝室へ戻る。「主任! 治ってきましたかー!」



 勢いよくドアを開ける。しかしベッドの上にできた毛布の山で、主任の姿は見えず、私は回りこんで頭の横に立った。



「主任? まだ寝てます……か」



 驚いて目を見開く。長ネギを首に巻きつけて、毛布に埋まっている主任は、白目を剥いてベッドから頭を垂らしていた。



「うきゃああ! チビ朔チビ朔チビ朔!! 主任がおかしいの! また白目になってる!」


「え、マジかよ。うお!? お前これ、長ネギで首しまってるって!」


「ええ!?」


「あと毛布も乗せすぎだ! これ何キロあんだよ!」


「ほんとだ重い!」



 私たちは慌てて毛布を押しのけ、素早く長ネギを取っ払った。

 それから主任の頭を持ち上げる。重くて意識が感じられない。私は意識を呼び戻すように、ぺちぺちと頬を叩いた。



「主任……主任……?」



 ぺちぺちぺち。私のちっぽけな手は、主任の頬を打つ。けれども反応はない。



「主任、主任! 起きてくださいよ! おかゆ作ったんですから!」



 叩く力を強め、身体を揺する。やっぱり主任は動かなかった。



「おい、心臓マッサージするか?」



 後ろから、神妙な声でチビ朔は言った。その声が真剣だったから、私は急に怖くなってしまった。本当に、救急車呼んだほうがいいかも。ちらりと思った。


 続けて主任が死んじゃったらどうしよう、と思って、そして一旦そう思ってしまうと、色んな感情が一気にあふれ出したようで、私は混乱の中へ放り込まれる。


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