第31話



「はあ……はあはあ、はあ」



 予想通り。

 エレベーターの扉が開くと、そこには息を荒げたチビ朔の姿があった。私はなんとか空笑いを漏らす。



「はは……。いや参ったな。あんたって意外と体力あるんだね? 詩絵子ちゃんびっくりしちゃうよ。いや、話を聞こうとは思ったんだけどさ、無性にエレベーターに乗ってみたくなっちゃって……あははは。それで、なんの話をしてたんだっけ……?」


「はあ、はあ……くそーーー!!」



 チビ朔は息が整うのも待たずに、地団太を踏んだ。



「むかつく!! お前ほんっっっとうにむかつく!! 傷つくぞ!? いいのか!? さすがの俺様も傷ついちゃうぞー!!」


「はは……。まあこれもギャグの一環じゃん? あんたは身体を張ってさ、すごい芸人魂だよ」


「芸人なんて目指してねーんだよ!!」



 それからチビ朔はいくぶんか呼吸を落ち着け、額の汗を拭ってからこう問いかけた。



「いいか? これから真面目な話するから、真剣に答えろよ?」



 念を押すように、やつは私の顔の前に人差し指を立てる。私はちょっと顔を引きながら「う、うん」と答えた。



「俺は現在ホストで、モテモテのナンバーワンだ。それも納得のかっこよさ、女心は心得ているし、連絡にもマメだったりするジェントルマンだ。この高級マンションの最上階に住めるだけの金もある。そんな俺が、俺がだぞ? お前みたいになんの取り柄も胸もない女に告ってんだぞ? この現状は分かってる?」



 色々と納得のいかない単語が含まれていたが、私は話を円滑に進めるために頷いた。


 チビ朔は「よしよし」と、満足げに私の頭を撫でる。そしてこちらを覗きこみ、真っ直ぐに私を見据えた。



「それじゃあ真剣に言うけど……俺のものになれよ」


「ごめんなさい」


「はやっ!!」



 即答して頭を下げる私に、チビ朔は飛び上がって驚いた。



「お、お前、ちゃんと真剣に考えて答えてる?」


「もちろん。本気には本気で答えてるよ。よく少女マンガであるじゃん? 一人の平凡な女の子が、ありえないようなイケメンや金持ちたちに言い寄られて放浪するけど、紆余曲折のドラマを経て、結局は最初の頃に出会ったイケメンをチョイスするっていう定番の流れ」


「まあ、だいたいそんな感じらしいね」


「私はそんな紆余曲折の寄り道はせず、無理なら無理ってハッキリさせておきたいの。なんとなく脈ありそうな態度をとられて翻弄される男の子たちがかわいそうでしょ? これは私の優しさなの。分かる?」


「お前なー」



 チビ朔は溜め息をついて、ゆっくり首を振った。



「分かってない。お前はちっとも分かってない。いいか? 恋愛は娯楽だぜ? 他の男にも寄り道したほうが盛り上がるし、本命との恋愛のスパイスにもなるってわけだよ。いろいろ障害を乗り越えた方が、結束は強くなるだろ?」



 ……こやつ。なかなかそれらしいこと言うじゃない。一理ある気もするなあ。



「てことでさ、お前もっと俺に構えよ」


「でもその理論でいくと、あんたはつまり、主任と私を盛り上げるためのスパイスくんになりたいってことなの?」



 私の肩に腕を回しかけていたチビ朔は、ピタッと止まって少し考える素振りを見せた。なにか考えてるな~という顔から、徐々に瞼が下がってきて不機嫌な顔になったところで、チビ朔は言った。



「ヤダ」


「……あのね、あんたが言ったんだよ?」


「ま、いいや。恋愛は理論より、心と身体で感じろってことだ」



 私の手をつかみ、チビ朔は歩き出す。



「で、どうする? どっかのホテルがいい? それとも俺の部屋で」



 ドン!

 爽やかな笑顔で問いかけるチビ朔を、思い切り突き飛ばす。



「なんだよ!」


「なんだよじゃないでしょーが! おかしいでしょーが!」


「お前を俺に惚れさせる作戦第四だよ!ホテルか部屋に連れ込むっていう!」


「この間から進歩してないじゃん!」


「ちゃんと選択肢増やしてるよ!」


「そういうことじゃなーーい!!」



 くそ~ちょっとは本気と思ったから、真面目に答えたのに。



「それよりもチビ朔くん、作戦第三はなんだったの?」



 チビ朔はびくっと肩を震わせる。美里の話によると、作戦第三は柊さんからかっこよく助け出すことだったらしい。


 チビ朔は鼻で笑い、気を取り直すように肩をすぼめた。



「はっ、それは秘密だね。俺はお前の見ていないところでも、日夜頑張ってるってことだよ」


「へえ」


「ま、それじゃさ、作戦第五に移ろう」


「……なにする気?」


「お前が惚れちゃうくらい華麗に、恐怖彼氏と別れさせる」


「……はあ!?」



 踵を返し、チビ朔は主任の部屋の前に立った。



「やめてよ主任は風邪なんだから! あんたみたいに騒がしいのが横でちょろちょろしてたら、安心して眠れないでしょ!」


「ちょろちょろ言うな。お前一人いくなら、俺がくっついてきても騒がしさ度合いは変わんねーから」



 言いながら、チビ朔は部屋の暗証番号を入力し、スムーズにロックを解除した。



「ええっ!? なんで知ってんの!?」


「この間お前がやってんの見てたから」



 マジ!? こいつが泥棒とかしちゃったら、私にも軽く責任あるじゃん!


 衝撃を受ける私をよそに、チビ朔はドアを開けて中へ入っていく。


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