美里の裏話「惨めだったわあ……」

第27話




「なになに、一体なにがあったのよ」



 ベンチに腰をおろし、美里へ問いかける。



「私が倉庫を出てからのことなんだけどさ、あのまま帰るわけにもいかないじゃん? このままじゃやばいと思って、人を探しに行ったのよ」


「うん、確かにやばかったよ……柊さんってば、カッター持ち出してきたんだよ?もう正気じゃないって感じでさ。すんごい怖かった……」


 昨日の出来事を振り返り、寒気が走る。あの時もし主任が来てくれなかったらと思うと、背筋が凍るようだった。



「まあ昨日は主任がかっこよく助けてくれたみたいだけど、私はここでもう一人、あんたのために頑張った男のエピソードを発表したいと思うの」



 そう切り出し、美里は倉庫を出てからのことを話し始めた。


 会社内に、人はもういなかった。美里は慌てて会社を飛び出し、そこでたまたま出会ったのがチビ朔だったという。



『あ、あんた……!』



 珍しく必死だった美里は、チビ朔を見つけるなり一目散に駆け寄った。彼も美里に気づき、気さくに声をかけてくる。



『おお、ボインの姉ちゃん。なになに、乳でも揉ませてく』



『うりゃあッ!!』


『べしっ!!』



 駆け寄る勢いを乗せて、美里はチビ朔の腹に拳を突き刺した。



『なにすんだよ急に!!』


『ご、ごめん! 思わず……!』




「へえ。美里謝るんだ」


「ほとんど初対面だったからね」



 それはともかくとして、美里はチビ朔に事情を話し、助けを求めた。話を聞いたチビ朔は、子供のように目を輝かせたという。



『マジ!? 絶好のチャンスじゃん!』


『ちゃ、チャンス……?』


『ふっはっはっ、あいつを俺様に惚れさせる作戦第三、かっこよくピンチを助けるの巻。てか、すげーちょうどいいタイミングじゃん。みてみて、これ』



 チビ朔は持っていた小さな紙袋を、顔の横まで持ち上げた。



『今日あいつへのプレゼント買ってきたの。女の子はプレゼントに弱いもんじゃん? で、どこ行けばいいの?』



 なんだか分からないが乗り気だったので、美里はチビ朔を会社まで誘導した。二人は会社には入らずに、外の窓から倉庫の中を覗いた。


 ブラインドが少し上がっていたため、私と柊さんたちの姿を見ることが出来たという。



『ねえ、なにやってんのよ。こんなところで見てないで、早くしないと……』



 美里はハラハラして言ったが、チビ朔は余裕の態度で答えた。



『バカだね姉ちゃん。こういうのはさ、もっと温度が高まってヒートアップしてきたところで駆けつけるのが、最高にカッキーんだよ。ほら、ここなら裏口もあるし、すぐに入れるじゃん?』



 チビ朔は倉庫のドアを示す。



『でもいいのかなあー。あいつ絶対、俺様に惚れちゃうよなあー。困るなーこんな簡単に惚れられちゃあ』



 ブラインドの隙間を覗くチビ朔は、わくわくしたような、照れたような様子だった。なんだか可愛かったので、美里は頭を撫でて飴を与えたそうな。



『なんで急に飴なんだよ。しかも苺ミルク味って、俺はガキじゃねーぞ』



 と、言いつつも、飴玉を口の中で転がすチビ朔は、至福の表情をしていたそーな。しかし事態は一変する。柊さんが、カッターを取り出したのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る