第26話
私は今一度主任の体を起こす。今度はすんなり起き上がってくれた。
「私が支えていきますから。外でタクシー拾いましょう」
主任の腕を肩に回し、立ち上がる。うわっ、熱ッ! 重ッ!
一気に高い体温と重みが身体に伝わってくる。あれ? そういえば、ここまで主任と密着するの、初めてかも……。
ドキドキドキドキドキ……。
余計なことに気づいてしまい、私は慌てて首を振った。
いや待て待て。しないよ? 緊張なんて全然しないよ? ときめいたりもしないよ? だって駄犬だよ?
思考とは裏腹に、胸の鼓動が速度を上げていく。やめてよやめてよ。私ってば、なんて学習能力がないのよ。葛藤する私をよそに、主任は小さく笑った。
「詩絵子様、本当に小さいですね」
ぽん。頭に厚くて大きな手が乗せられる。熱で少しだけ潤んだ瞳の主任と、目があった。
「可愛いです」
この人は、なんて優しい顔で笑うんだろう。
その黒々とした瞳はとても愚直に、あなたを愛しています、と言っているみたいだった。
「しゅ、主任……? あれ、なんか……いつもと違います、ね……」
鼓動がはやる。どうしようもなく、どきどきする。それがなるべく主任に伝わってしまわないように、私はつとめた。
「僕もですね、本当は詩絵子様の頭をなでなでしたり、抱きしめたりしたいと思うんですよ。それでこんなに小さいんだなーってことを感じたいんですよ」
かあ、顔が熱くなる。
「え……そ、そんなこと、普通に言わないでくださいよ」
「でも、それを我慢するのも楽しいんですよ」
「……そうですか」
「でも今は、抱きしめていいですか?」
え
「な、な……なんで……」
「頑張ったでしょう?」
やっぱり主任は穏やかに微笑んで、気がつくと私はすっぽりと主任の大きな体に包まれていた。よしよし、と主任の大きな手が、頭を撫でる。私は主任の胸の中で、少しの間目を大きく開いていた。でもすぐに、ぽろぽろと涙が落ちてきた。
ああ……そっか、わたし、怖かったんだ……。
私は主任の広い胸にしがみついて、思い切り泣いた。主任はその間、ずっと頭を撫でてくれていた。
感情って不思議だな。
今日、柊さんによって何度も怒りの弦は切られたけれど、こういう優しさは、怒りよりももっと根深いところで、そっと心を包んでぬくもりを持つ。
それがどうしようもなく安心して、私は涙を止めることができなかった。
主任が小さいものを好きなのと同じように、もしかすると、私は大きなものが好きなのかもしれない。
その日、主任はタクシーで私を家まで送り届けてくれた。辺りはすっかり暗くなっていて、自分がどれだけ泣いていたんだろうと、病気の主任に申し訳なく思った。
でも本当は、正直なところを言うと、そのまま主任の家までお持ち帰りされる気でいたので、私は颯爽と去っていくタクシーを見送りながら、ぽかんと口を開いていた。
そのまま突っ立っていてもしょうがないので、家に帰り、ベッドへダイブする。身体にのしかかったあらゆる疲れを、ベッドが受け止めてくれる。
主任、大丈夫かなあ……。
なんか今日は、もっと一緒にいたかったのにな。看病とか、したかったし……。なんだかやきもきして、私はぎゅう、と枕を抱きしめた。
キス、なんかしちゃっても、よかったのにな……。
ってえーーー!! なにこれ!? 私ってば、なんでこんなこと考えてんのーー!?
「てことなのよ!」
昼休み。会社の屋上で、私は地団太を踏んだ。
「やばいの! なんか私やばいんだよ! このままじゃ主任の思うつぼじゃん! こうやって思い始めるところから、逆調教は始まってるんだよーー!」
しーーーーん……。
あれ?
「み、美里ちん?どしたの?」
私は美里を振り返る。ふんふん頷いて私の話を聞き終えた彼女は、顔の横で人差し指を立てて言った。
「実はその感動物語には、こんな裏エピソードがございます」
「…………」
……ぬをッ!?
つづくッ!?
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