少年との邂逅

 暑い……。暑い暑いっ……!


 祖国、ワルハラよりも強い日差しを受け、ヨハネスは頭の上の軍帽を脱いだ。不満気な目線を振りまく異国の男に、港町の人々は懐疑と戸惑いの表情を浮かべては、避けるように歩いていく。興味深々といった様子で近寄ってきた女児は、その祖母らしき人物に引き戻されていった。


 まずいな……。この調子では、見つかるものも見つからない。考え直したヨハネスは、人混みの中を掻き分けて――といっても、相手の方から避けていくのだが――町の中心部を目指して歩いていった。



 しかしながら、目的の人物は見つからず。歩き回りつつ、カスパーが伝えてきた特徴に合致する者を見つけては、人違いであるということを確認し、――正午を過ぎたことに気づいたヨハネスは、小休止をとるための喫茶店を探そうと、鉄道馬車の駆ける大通りに出た。


 狭く暗い路地から出てきたために、日差しが鋭く、目に僅かな痛みが走る。耳を、露店の店主の威勢のいい声が襲う。本当にうるさい、早く店を探して入らねば。と決意したその時、通りの喧騒を切り裂き、轟音を響かせて坂の下からひときわ巨大な馬車が駆け上ってきた。


「…………!!」


 雷に打たれたような衝撃に、ヨハネスは立ち尽くした。今通り過ぎたのは、ただの鉄道馬車か否か、それすら疑う程に強い力を感じた。もしや……。


「カスパーの言っていた少年か!!」


 脇目も振らず、ヨハネスは走り出した。幸い、雑踏は猛進してくる青年を恐れて、勝手に道を開けてくれる。――しかし、馬車との距離は瞬く間に開いていく。当然といえば当然であるが、機に際しては、考えるよりも先に動いてしまうのが、ヨハネスの欠点の一つであった。息が上がってしまい、膝に手をやって立ち止まる彼を心配して、行商人が近づいてくる。一体どうしたんです? 今、水を……。と慮る声の合間に、荒い馬の鼻息が聞こえる……。


「……それだ!」



 道の向こうから上がる高い悲鳴は、平和な町では珍しいことだった。鉄道馬車から降りた少年は、紙袋を小脇に抱えながら何が起きているのかと不思議そうに見やった。悲鳴は徐々に近く、大きくなっていく。つまりは――。


「うわあぁぁぁぁっ!!!!」


 馬に跨った、というより、しがみつくようにして突進してくる男の叫び声が、茫然と立ち尽くす少年の前で止まる。馬上の男は頬を上気させながらやっとの思いで降りると、居住まいを正しながら、ぶつぶつと何事かを呟いている。耳を澄ますと、それが、気性の激しい馬への不満であると分かった。


「あの……、大丈夫ですか」


「はぁ、はぁ……、お前、名は」


 心配になってかけた言葉は、端的な質問で返された。面食らった少年は、多少の怯えと混乱を目に宿しつつ、小さく自分を指さして自分のことかと仕草で尋ね返す。白髪の青年は、息を整えることに必死という風な様子であったが、首を縦に振って答えた。


 この男は、果たして信用できるのか。質問に答えるべきか否か。白髪の男も含め、周りの人々の視線が刺さってくる。物心ついた時から一人で生きてきた少年にとって、注目を浴びるということ自体が堪えるのだ。窮した少年は、自分の家の戸を指さして言った。


「立ち話もアレなんで、中で……」



 一体、なんだというのだろうこの男は。人目を気にして家に上げたはいいものの、自分の質問の答えが返ってこないのが気になっているのか、一言もしゃべらずに、ジッと見てくる。目的が、分からない。


「ホント、誰なんですか……?」


 急須を傾け、茶を注ぐ音が響くのに堪えかねて、最も基本的な問いを投げかける。男は、見つめる姿勢を崩さずに、静かに語りだした。


「私はヨハネス・ディ・セル・シモーニ、人にはヨハンと呼ばれている。ワルハラ帝国軍の参謀……、とは名ばかりの雑用!! 皇帝の道楽のためにわざわざ倭国までお前を訪ねてきたのだが!!」


 後半部分を早口でまくしたてた男、ヨハネス、もといヨハンは、盃を勢いよく傾けて空にして、家の外で行った質問を繰り返した。


「それで、名は」


「ひ、ひかる……、光です」


「そうか、ヒカルか。いい名だ」


 少年、ヒカルの答えを、ヨハンは満足そうに受け取った。別に名前を聞くことが目的ではないだろうに、確か、皇帝の道楽とか言っていたか。ならば、なぜ自分の元に――。ヨハンという男の一挙手一投足が謎を増やすばかりである。


「なんでまた、俺のところなんかに……?」


 躊躇いがちに問うてみたが、ヨハンの驚愕の表情が気にかかってそれ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。どうやら、なにか常識外れなことを言ってしまったらしい。


「……それ程の力がありながら、心当たりがないというのか」


 そう言われても、ヨハンや皇帝とかいう人の目に留まるような、特別な力を自分に感じたこともない。仮にその力が自分にあったとしても、そもそもなぜ海を隔てた国の人間がそれを知っているのだ。



「それはだな……。カスパー、彼は王宮に仕える執事なのだが、彼の能力によってお前を探し当てたのだ」

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