終末のアラカルト

@DaichiRin1914

赤髪の男

「そうか、終に居場所が分かったか」


 ロカイユ調の豪奢な装飾が成された部屋の中、赤髪の男が呟いた。傍らに控えるもう一人の男――燕尾服に身を包んだ淡い紫色の髪を持つ執事――が、その声に間髪を入れず、淀みなく応える。


「はい、前々から大きな反応があったので。魔力量は、大魔導師の五人にも匹敵する程かと。因みに……」


 赤髪の主人は、執事の報告を聞きながら、満足気に頷いている。強大な魔力を持つ人間、或いはそれが人間でなくとも、彼にとっては大きな興味の対象だった。平素より、彼は自身の部下に命じてそのような者たちを調査させていたのだが、大魔導師クラスの魔力というのは、ここ数年間覚えがない。つまりその人物は、それ程に貴重な存在であるということだ。


「よし、じゃあ早速使者を派遣しようか。カスパー、手の空いている人間を寄越してくれ」


「……陛下、お言葉ですが、それは些か早急に過ぎます」


 説明を遮られたことに多少の苛立ちを覚えた執事、カスパーは諫める際の語調をやや強めて言った。赤髪の、陛下と呼ばれた男は肩をすくめて、まるで気にはしていない様であったが。


「明日できることは今日やるんだよ。人生なんて五十年そこらなんだし、今日を無駄にしたくないじゃないか。ほら早く」


 そう言い放って、赤髪の主人は窓の方に向き直ってしまった。諫言を歯牙にもかけない態度に、カスパーは思わず失笑した。主人はもう自分の話には興味がない。このまま説明を続けるのも馬鹿馬鹿しいので、仕方なくカスパーは部屋を後にし、自身の仕事を片付けるために廊下を急ぎ足で歩いていった。




「……という訳なので、あなたには倭国に向かい、能力者の少年を探していただきたい」


 先程の部屋と比べてやや殺風景な部屋の中、窓から差し込む太陽の光を背に、カスパーが告げる。その言葉を受けた人物は頷き、はっきりとした声で切り返した。


「嫌なのだが」


「頷いたではないですか、ヨハネス卿。それにこれは勅命ですので、拒否などできません」


 ヨハネス卿と呼ばれた、長い白髪を後ろで結んだ眼鏡の男は、溜め息交じりの呟きを漏らし続ける。カツカツと軍靴の音を響かせつつ、不満な気分を晴らさんと、懐をまさぐって煙草を取り出す。


「話を聞く限り、陛下は『手の空いている者に』と命じたのではないか? 私でなければならない理由はなんだというのだ」


 ライターを掌の上で弄びながら問う。カスパーは少し考えた後、指を立てて答えた。


「先の軍事演習の際に失態を演じた方に、挽回の機を与えるというのは」


「…………火が点かない。貸してはくれまいか」


 無言で差し出された火に、小刻みに震える手で煙草を近づける。


「それで、行ってくれますね?」


 深く煙を吐き出した男は、ゆっくりと首を縦に振った。




「いい判断だ。ヨハン君に任せたか」


 カスパーが元の部屋に戻ると、赤髪の主人が呼び掛けてきた。頬杖をついた男は、悪戯っぽい目線を投げてくる。全くいつもいつも、この男は天才的な勘でもってカスパーを翻弄する。彼が特に明確な指示を出していない以上、誰に声をかけるかなど執事自身の裁量であるのに、さも確証があるかのように、または台本があるかのように語るのだ。カスパーは曖昧な笑顔を浮かべ、小さく頷いた。自分の考えは完全に読まれている――そう感じたとき、カスパーはこの笑顔を出現させるのを常としている。


「だけど、大丈夫かなぁ。だって、情報は容姿と魔力量、それにおおまかな場所だけだろう?」


「えぇ……。ですが、ヨハネス卿はあれで努力家ですし、今までもそうしてきましたから」


「もっと精度を上げられる方法は無いものかな。非効率で仕方がない」


 横目で窓の方を見つめながら、くどくどと言う赤髪の主人に、カスパーは首を振った。彼の能力では、能力者を探し当てるまでが限界だ、それ以上のことは他の人間の力を借りねばならない。だからといって、適当な能力を持っている人間は、カスパーの知っている範囲内では、自らの主人の計画に加担するような人格ではない。――もちろんそのことは彼も知っているはずであるのだが……。よもや自分が勘づいていないだけで、なにかしらの策があるというのか。そしてそれを隠して、自分を試しているのか。


 深く考え込んでいるカスパーの渋面に気づいた赤髪の男は、結んでいた口角を緩めた。


「そこまで気にしないでくれ。単に希望を述べただけだから」


 主人の微笑みが、妙に引っかかる。カスパーは自分の考えすぎだと、問題を忘れてしまえるように頭を振った。




 それにしても……。


 カスパーが部屋を発ち、一人残された赤髪の男は、腕を組んで黙考した。カスパーのもたらした情報によると、今回の対象となっているのは倭国の十代の少年。男の記憶が正しければ、彼もまた、須らくあの事件に巻き込まれているはずだ。いったいどうして、そうなることを宿命づけられていたとでもいうのか。


「君なら分かるだろうか……」


 赤髪の男は、壁に向かってポツリと呟いた。

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