キュルケとの出会い④

「今よりひどいことにはならない」


 判断基準はこれに尽きる。

 ここで時間をロスすれば今日の食い扶持は失われるだろう。

 それでも、ここに時間と金を割くことを選ぶ。


「そもそもこれをチャンスと考えて決断できない人間なら、この先冒険者なんてやめたほうがいい」


 冒険者は生命をかけたギャンブルだ。Cランクのさらにその先。一攫千金の可能性をある意味では最も秘めた職種。それがテイマーであるとも言えた。

 もうかれこれしばらく冒険者をやってきてもなんの才能もスキルも花開かなかった俺だ。

 これから突然剣の才能に芽生えたりするとも、現実的には考えにくかった。触ったことのない武器に触ってみれば、隠された才能とかが花開くんじゃないかなんて考えも、なかったわけではないけれど……。


「テイマーが天職だ」


 思い立てば不思議なほどにしっくりくる。

 絶対に気味悪がられる。嫌がらせは今まで以上に増える。今日の食い扶持は得られない。

 それでも、俺はテイマーになる価値があると、なんとなく思い込んだ瞬間だった。


「持って帰ったりしたら奪われる可能性も高い……」


 ここで読むしかない。

 松明はもったいないが、この場所のほうが見つかる可能性も低いように思えた。


「非常食もある……しばらくは持つはずだ」


 貴重な水に一口だけ口をつけ、テイマーの指南書を読み込んでいった。


「まずはテイマーの伝説か……」


 かつて勇者パーティーとして活躍したドラゴンテイマーがいたことが記されている。当たり前のように人外な動きを繰り返しているのを見ると、ドラゴンがいなくてもこの人は魔王の一人や二人倒せたのではないかと思ってしまう。

 それでもまぁ、従えていたドラゴンとの間に芽生えた絆によって悪を討滅していく姿は、十分に心を揺り動かされるストーリーだった。


「俺もこうなれるだろうか……? いや、まずは目の前のことだな」


 伝説になるような人間になる必要はない。

 とにかく日々の稼ぎを安定化させて、そのうち王都とかにも行ってみたい……。

 そのための手段を得たい。


「テイムの基本……? ここからが本番か」


 断片的なページからなんとか情報を読み取って頭の中でまとめていく。

 テイムできる許容量の話。テイムに必要な手順。テイムの魔物別難易度、そしてそのコツ……。


「色々あるな……」


 飛び飛びながらも各種モンスターの情報が細かく記載されたこのまとめは、それだけでもかなり価値があるものに感じた。

 とはいえところどころメチャクチャに見えるけど……。


「ミノタウロスはりんごをあげると乳を絞ってくれるとか……そんなことあるか?」


 ミノタウロスは牛型の有名な魔物だ。危険度A。常人が出会ったらまず逃げ切ることすら困難な凶暴性と、単体戦力としては無類の強さを誇る戦闘力が特徴だ。

 確かに身体の半分以上が牛ではあるが、オスのイメージが強いし、りんごより人の肉を食らってるくらいのイメージがある邪悪な魔物、だったはずだけど……。


「ここまで常識とかけ離れたことをふざけて書いてあるんじゃ売れないだろうけど……まあ一応全部頭に入れておこう」


 幸い本の内容はなぜか頭にスラスラ入ってくるので各魔物の知識を収集していった。


「にしても、これを見てると楽しみになるな……!」


 どんな魔物を従えるか。

 図鑑のように並んだ数々の魔物の名前を前に心を躍らせる。


「どうせならかっこよくて……それで……」


 その後も夢中になって不思議な書物を読み漁っていった。

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