リントの特訓 ツノウサギ討伐②

「あいつらが来て、最初は良かったんだ。俺たちの食い扶持に珍しく肉が加わったって喜んでた」


 腕を吊った男が叫ぶ。

 そうだろうな。ツノウサギは名前の通りその額から生えた一本角を持つが、強さで言えばただの野うさぎが凶暴化した程度。数体相手なら憑依のない俺でも倒せる。一体ずつであれば、普通の大人なら捉えることも十分できる相手だ。


「でも……どんどん増えやがる。三匹を超えたら一人で対処できねえ」

「自警団が頑張ってくれてたんだがよぉ……もう手に負えなくなっちまった」

「畑のもんは全部食われる。村の外には出られねえ」

「しまいにゃ家まで食われはじめた……」

「ギルドに依頼しにいったやつが無事かどうかもわかんなかったんだ……!」


 見た目以上の被害になっていたらしい。


「大丈夫。俺たちがなんとかする」


 ビレナが明るく振る舞うのも、村人を安心させるためだろう。

 俺もまず宣言した。村の人たちはこれ以上ないというほどに感謝の意を示している。

 絶対なんとかしないといけない。

 村の人達が苦戦するのは無理のない話だった。ツノウサギには倒すためにも厄介なところが二つある。

 一つ目はスピード。通常のうさぎですら捕まえようと思えばそれなりの速度なのに、ツノウサギはその三倍速く、しかも逃げ回る。

 だがまあ、これはいい。捕獲や討伐が難しいだけだから、生命の危険があるわけではない。

 問題は二つ目。繁殖力が高く、集団化して襲われる危険があることだ。

 ツノウサギは一体ずつの強さこそそこまでではないものの、気づくと囲まれてその角で突き刺される危険がある。集団化したとき強さは危険度Cランクの上位。つまり、Cランク冒険者を殺す力を持つということだ。当然ながら一般の村人に太刀打ちできる相手ではなくなる。

 そしてそれは、Dランクである俺も同じだった。


「言ったは良いものの……どうするか」


 小声でビレナに弱音を吐いた。


「大丈夫大丈夫。リントくんはカゲロウをまとって戦うんだから! 実質Sランクだよ!」

「いやそれは言い過ぎだと思う……」


 相変わらずの無茶理論ではあったが、ここまでのカゲロウを見てきていると、もしかしたらという気持ちが芽生えていた。

 少なくともいまの自分がただのDランクとはもう思っていない。


「キュククー!」


 カゲロウが信じろと言わんばかりに高らかに遠吠えをあげた。

 そうだな……。なら俺も、覚悟を決めようか。


「ま、とにかくカゲロウちゃんを憑依しちゃって!」

「わかった」


 カゲロウへ呼び掛け、再び精霊憑依を行った。

 心のなかで呼びかけるだけでもカゲロウは一瞬で応えてくれる。


「おおっ」

「すごい……すごい冒険者様が来てくださった」

「ありがたや……ありがたや……」


 カゲロウを纏った俺を見た村人たちから何故か拝まれてしまって落ち着かなくなる。


「その姿のリントくんはもう、十分高ランクの冒険者に見えちゃうからね」

「そうなのか?」

「その状態でツノウサギが襲ってきても、リントくんが怪我しないどころか多分ツノウサギが燃えてなくなるから」

「全部燃えてなくなっちゃうと、依頼が達成できないんだけど」


 いくら村の助けになるとは言えなにも残らないのは困る。

 ツノウサギ討伐の証明には角が必要だ。それにツノウサギは皮や肉にも利用価値がある。どうせなら倒した分を無駄にしたくない。


「大丈夫大丈夫! 角は残る、と思うよ! ま、リントくんが出力をコントロールできれば大丈夫だよ!」

「その練習も兼ねてってわけか……」

「うんうん! じゃあいこー!」

「お願いします……どうか……どうか……」

「大丈夫だよ! すぐ片付けてきちゃうから!」

「お二人の姿を見ればいらぬ心配かと思いますが、どうかお気をつけて」

「はーい!」


 村人たちの見送りを受け、ビレナが動き出したのを見て俺も慌てて追いかけた。去り際、突然姿を消したビレナに目を丸くする村人たちの姿が目に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る