バロン戦

「じゃあ準備できたー?」

「ああ」

「いいぞ」

「ふふ。何があっても髪の毛一本でも残ってれば再生させますからね」

「お主なら本気でやりかねんが……それはもう聖属性ではないからな?」


 そんなしまらない会話を挟み、バロンと対峙する。


「じゃあいっくよー! はじめ!」


 ーーっ!


 先手をとられた!


「リント殿には速さで負けているのだ。先に動かねば負ける」

「そんな必死にならなくても相手は俺だぞ!?」


 ーーガキンっ! と鈍い音が響く。

 バロンの斧にかかる黒い瘴気と、カゲロウの炎でできた剣がぶつかり合う。

 反動を駆使して一度距離を取ろうとしたが、すかさずバロンが俺の背後に闇魔法を展開する。


「黒い棺桶って……」

「気をつけろ。触れるだけでも死ぬぞ」

「物騒すぎるだろ!?」


 羽根を広げてなんとか急停止。だがバロンの狙いはここからだ。


「悪いが決めさせてもらう!」


 大振りの一撃は俺の目前に迫っていた。


「キュルケ!」

「きゅきゅー!」


 軽い返事のわりに頼りになる相棒が身体を輝かせながら俺とバロンの間に割って入った。


「闇の抱擁」

「きゅっ!?」


 バロンの言葉に応えるように現れた黒い何者かにキュルケが包まれる。


「きゅっ! きゅきゅー!」

「ここまで抵抗するか!?」


 黒いもやに包まれかかったキュルケが光っているせいか、黒いモヤから何筋か光が漏れ出す。

 バロンは片手間で行使していた術式を慌てて両手で補い始めた。


「カゲロウ」

「キュクゥゥウウウウ」

「しまっーー」


 その隙を見逃すほど甘くはない。

 カゲロウの炎を収束してバロンのガラ空きの胴へ解き放つ。


「エンペラーブレス!」

「ぐっ……ぁあああああ」


 バロンの受け身は間に合わず吹き飛んだ。

 油断することなくカゲロウの炎を今一度練り直してためをつくる。キュルケも解けた術式を弾き飛ばして出てくる。

 よかった。無傷だ。


「まさかこんなあっさり負けるとは……」


 こちらの警戒をよそに、バロンはあっさり戦意を解いた。


「まだ元気そうじゃないか」

「鎧がこれではその炎を迎え撃つ術がない。かじったばかりの闇魔法に頼りすぎたな……」


 ガコン、とバロンの鎧が音を立てて崩れた。


「いや、模擬戦だから勝てただけだ。実戦なら俺もキュルケを気にしてあそこで攻撃に移れなかった」

「そうか」


 この勝負でキュルケを殺す気がないことは分かっていたからこそ、あそこでキュルケを助けることより攻撃を選べたわけだ。

 普通の戦いならまず取らない選択だ。


「でも今のスピードでそこまで考えられたのが成長だねえ!」

「そうですね。連携もバッチリですし、キュルケちゃんの無事もリンクして感じ取っていたからこそでしょうし」

「強いわね……次は私がやろうかしら?」

「あっ! じゃあ次私!」

「それなら私もやりましょうか」

「ふむ……そうくれば私も……そうだな、80%くらいの力で相手してやろう」

「やめてくれ! ベルの80%は大陸の形が変わるだろ!」


 もちろん他のメンバーもそれぞれおかしな力を持ち合わせているが、制限なしのベルはそれこそ神話級の生き物だ。

 邪龍より遥かに恐ろしかった。


「ま、でも模擬戦はいい経験だよね」

「ずっとバロンでも飽きるでしょうし」

「それともダンジョン攻略ツアーがいいかしら?」

「ふふ。何、ご主人なら大丈夫であろう。多少手足が吹き飛んでも聖女が治す」

「そうですね」


 恐ろしい会話が繰り広げられたのち、本当に容赦なく無制限サドンデスマッチが始まってしまった。

 加減なしで勝てる相手たちではないのでいくつか制約をつけてもらったわけだが、それでもなお勝率は五割に届かなかった。

 バロンもキュルケを狙っても意識を削ぐことはできないことを察してからは隙がなくなってろくに勝てなくなった。

 最後は苦し紛れに出した黄金のスライムで不意を突いて勝ったが、釈然としない勝利だった。


「リント殿……せめてこんな姿にしたのだから何かしら反応が欲しい」


 バロンはなぜか悲しそうな顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る