39 格の違い

「は……?」


 キラエムが信じられないものを見る目で目の前の黒い幼女を見つめた。


「何事かと思えば本当に……くだらない男だな」


 片手で受け止めたその拳を、掴むことなく支点に利用してキラエムを宙へ浮かび上がらせた。


「なっ!? なにが……」

「黒魔術を使っておいて、わからないのか?」

「まさか……本当に……」


 キラエムは現実を受け止めたくないようでまだ抵抗しているが、もはやベルには目を離されてしまっていた。


「ご主人、私をあちらへ閉じ込めておいてこんなタイミングで呼びおって……」

「いや、あれは自分で勝手に帰っただけだろ」

「うるさいっ! とにかく! こいつを片付けたらそれなりの礼を準備せよ!」

「はいはい」


 よそ見したままキラエムを地に叩きつけるベル。


「ぐはっ! 貴様ら……よくも……よくも! あの教皇から国を救い出した男に対してよくもっ! 私が死んでも国民は認めんぞ! この国はすべてが神教徒! このような男が指導者などバカにするのも」

「私は天使になりましたからね……そのくらいいくらでも、やりようがあるのですよ」


 翼を見せつけるように動くリリィ。


「なんだ……と……」


 目を見開くキラエム。この様子を見ると天使化の恩恵で神教徒を味方につけることに問題はなさそうだな。


「おい」

「おお! バロンではないか! よく来た、さあこの逆賊共を叩き潰せ!」


 キラエムの目から黒魔術の気配が放たれた。だがいまのバロンにとっては、いささか幼稚すぎる魔術だった。


「これまで何人、そうして自由を奪ってきた?」

「は?」

「これまで何人、ああして命を奪ってきた?」

「ふん……この私の役に立てたというのだ。光栄なことであろう。それよりも貴様、なぜ私の魔法を……」


 バロンはもう用はないとでもいうようにその場を離れる。次いでベルが男の前にたち、こちらをみた。


「なぁご主人、こいつ、もうもらってよいか?」

「もらう?」

「見ていたのであろう? 黒魔術の源泉を」


 その言葉にいち早く反応したのはキラエムだった。


「ま、待て……?! まさか……」

「仕方あるまい。このものはもはや生かしておくわけにはいくまい?」


 リリィに確認するベル。


「そうですね」

「では、こうして高貴な魔族の糧となれること、誇りに思いゆくがよい」

「ま、まて! まってくれ! 代わりならいくらでも……! まだ私には1000を超えるストックが」

「救いようがないの……この私の役に立てるというのだ。光栄なことであろう?」

「な……それは……うあああああぁぁあぁああああああ」


 それだけ言ったベルの放つ黒い瘴気に包まれ消えていった。


「キメラも同様じゃの。あれらはもはや長くは持たぬ。苦しみから開放してやったほうが良い」

「そう、だな……」


 支配下に置かれた300を超える魔物たち。それぞれがAクラス以上というだけあって強大な力を感じるが、流石に一気に増やしすぎたようで俺のキャパシティも悲鳴をあげている。

 つながっているからこそわかるが、彼らもそれを望んでいるだろう。


「せめて安らかに眠れ」


 そう言うと先ほどと同じ黒いモヤが、先程とは異なり禍々しさもなく柔らかに魔物たちを包み込んでいく。


「にしてもこれでリントくん、余計強くなったね」

「いや、もう還したなら意味なくないか?」


 テイムして開放してを繰り返すだけで強くなれるなら苦労しない。


「ふふ。通常ならばそうであろう。だがどうだ? 力が消えたように感じたか?」


 ベルが得意げにいうので確認してみると、たしかに力が消えた感じがない。


「黒魔術で生まれた者たちだ。黒魔術で還した。だがその過程ですこし力の流れをいじったのでな。ご主人と私に力が流れるように」


 ちゃっかり自分も取り分をとっているあたり、悪魔らしいな。


「これ、あの兵士たちはどうなるんだ?」

「黒魔術の効果が消えて眠っておる、そのうち起きるだろう」

「起きたとしてもキラエムなしになにか行動を起こすとは思えません。放置で良いかと」


 リリィが言った言葉に従うことになった。


「ちなみにこやつ、妙な術をしかけておったぞ。あちらのほうだ。急いだほうが良いだろう」


 ベルが指を差したのは聖都の方角だった。


「それ、全部解除したりできないのか?」

「できるだろうがなにかわからずにやるよりは現地に行ったほうがいい」


 なるほど……。


「じゃ、いこっか」

「走りますが……ご主人さまは大丈夫ですか?」

「カゲロウに頼めば……」


 ここから聖都までの距離はわからないが、この人外集団のスピードに追いつけるとは思えない。

 カゲロウに乗り込むように足にだけ憑依してもらえればなんとかなる気がするが、そんな高等技術を俺が主導でできる気はしない。


「ん? ご主人、移動方法がないのか」

「ないというか、このメンバーと比較すれば何したらな……」

「ふふふ。それならば私の力を流し込もう。翼を使えば良い」

「翼……?」


 確認する間もなくベルから力が流れ込んでくるのを感じる。コントロールしきれないほどの力の奔流を感じる。


「ご主人、無理せず流れのままに従え」

「わかった……」


 力に従うように力を抜くと背中の方に熱がたまるのを感じる。


「そうそう、それでよい。これが魔族の持つ移動手段の1つじゃ!」


 気づくと背中に黒い魔族の翼が生えていた。


「これ、脱着できるよな?」

「ふふふ! ではゆくぞ!」


 聞いてないようだ。自分もいつの間にか翼を出して準備を整えている。


「じゃ、競争だねー!」


 ビレナが準備運動する横でバロンが勘弁してくれという表情をしている。

 地上組がバロンとビレナ、空から俺とリリィとベル、ということで2グループで聖都を目指して動き出す。


「おお……難しいな、飛ぶの」

「ご主人、手を取れ」

「ふふ、初々しくて可愛いですね。ご主人さま」


 2人に手取り足取りといった形でサポートをうけてなんとか空に慣れていく。


「大丈夫です。走るとどうしても障害物にぶつかりますから、スタートが遅れてもこちらのほうが早くつきますよ」


 そうなのか、と思って地上を見るとビレナが障害物である木々をすべてなぎ倒して進んでいく姿が見えた。


「ま、まぁ……あれやってる分、スピードは落ちますから……」


 呆れた表情のリリィに励まされながら、急いで地上組を追いかけた。

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