38 キラエム
「リリィ、大丈夫なのか?」
「ん? 全然平気! 思ったよりすごかった! 天使化!」
ほんとに平気そうだ……。あれだけの魔法を使ってもピンピンしているところを見ると、本当に何者なんだと思う。普通の人間なら魔力切れで何回死んだかわからないレベルだ……。
「聖都まで行くより、キラエムのことだからこのへんで似たようなことしてた方がいいかも?」
「そうなのか」
どうも本拠地に行けばなにかややこしいことを準備していてもおかしくないだとか。結局ビレナたちに通用するとは思えないので単純に労力の差でしかないが、時間的にも待ちに回ったほうが良いかも知れないということだった
「私としても、このままこの周囲を放置して行きたくはないな……」
バロンは苦しむ村人がいるのならそれを放置したくないという。
前評判を考えるとバロンのこの反応は意外に思えたが、リリィいわくバロンは、「眼の前で起きてることには正義感が働くが、その先の予想能力が極端に低い」らしい。
要するに脳筋、と言い捨てられていた。ひどい。
「ご主人さま。どうする?」
「まぁ、どっちでもいいなら少しでも周りを助けたほうが気持ち的にはいい、かなぁ」
「じゃ、決まりー!」
ということで村長に挨拶だけして、盗賊は縛り付けて教皇と一緒にギルに見張ってもらいながら、次の村、次の村へと進撃を開始した。
◇
「ありがとうございます……ありがとうございます聖女様」
もうこれで5つ目。10の村を通って5つがまさに動乱の最中にあった。中には村人同士の争いが激化して内戦になっているところすらあった始末だ。
10の村で無事だったのは比較的裕福な村が2つだけ。3つの村はもう、焼け野原になっていた。
「さて、そろそろキラエムにも情報が……」
そう口にしたところだった。黒い扉のようなものが目の前に現れ、そこから1人の長身の男が現れた。
次いで大勢の武装した集団が同じように黒い空間から現れ周囲を囲む。
「これはこれは、聖女殿。活躍は聖都まで響き渡っておりましたよ」
「ええ、不甲斐ない中央に代わって少し仕事を……」
「ふふ。これは手厳しい。いかんせん私もこう見えて忙しかったもので……」
リリィと対峙しているのがおそらく、元枢機卿キラエムだろう。
「リント殿」
小声でバロンが耳打ちしてくる。いまは兜を脱いでいて知らない人間から見ればただのダークエルフだ。キラエムにこの姿は見せたことはないという。
「気づいているとは思うが……あの周囲の纏う空気……」
「闇魔法だな」
バロンの指摘の通り、キラエムの周囲にはどす黒いほど濁った紫の魔力波が渦巻いている。
「忙しかったとはいえ聖女殿の手を煩わせた罪は重いでしょうなぁ……。おい」
「はっ!」
キラエムが武装集団の1人に声をかける。
「そうだな……貴様の命、我が国へ捧げよ」
「はっ! 喜んで!」
どういう意味だと考えるまでもなく、呼び出された兵士が自らの胸に剣をつきたてた。
「なっ?!」
これにはリリィもバロンも驚きの声をあげた。
「兵士1人の命では足りないと……仕方ありません。おいっ! お前!」
「はっ!」
キラエムの声に応えて1人の兵が胸に剣をつけたてようと動いた。
「待ちなさい。これ以上は不要です」
「そうですかそうですか……お許しいただけるとは、さすが聖女殿は寛大であられる」
軽薄な笑みを浮かべるキラエム。
どこかおかしい……。おそらく兵は洗脳だろうが、キラエムはそれでは説明がつかない。そう思っているとビレナが耳打ちしてきた。
「リントくん、黒魔術の書は多分、キラエムが持ってるね」
「あー、それでか」
星の書、黒魔術の書がキラエムのもとにあり、その力に飲まれたのだとすれば説明がつく。テイマーの時と同じだ、コントロールしきれない力は身を蝕むんだろう。
普通の人間は目に見えるほど黒い魔力を放出させたりはしない。
「黒魔術には相手を強制的に従わせるスキルも多いからねぇ」
ビレナがつぶやいたのを聞きつけてキラエムの顔がこちらへ向いた。
「ほう。予習がしっかり出来てるものもおるようだな」
「キラエム!」
リリィが自身に注意を向けようと声を出すがキラエムは取り合わない。
「ふふ。まぁまぁ、私は新たな神託とやらも、聞いていますのでねぇ。そこの男でしたか、教皇の代わりに立たせるというのは」
キラエムと目があう。
もともと細身に長身である独特の威圧感にくわえ、目の下のクマのほか、黒魔術特有の紫のどす黒い魔力が顔色にまで反映されている。
「ふぅむ……特段何も感じぬ小僧ではあるが、どうしてもというのであればここで死んでもらうしかないですな」
「何をいっているのです」
「まさか私が何も準備をせずに来たとは思っておりますまい。いま神国の周囲には、いまだかつてない強力な魔物たちがおりましてね」
リリィの顔色が変わる。
「ええ、もちろん。私が作ったものたちですが」
そういうと先ほどと同じ黒い扉が現れ、禍々しい瘴気に包まれた4本足の生き物が現れる。
カゲロウほどとは言わないがギルとならいい勝負になるんじゃないかと思えるほど、強い……。
生命をいじることは禁術。まぁこちらも死者蘇生まがいの禁術は持っているが、躊躇いなく悪用できるのはなかなかだな。
「盗賊程度に好き放題やられる農村では、対応に困りそうですな」
「まさか……」
「ええ、今は各地にて私の合図を待っていることでしょう」
国を全て人質にしているのか。
さすがにそこまでの広範囲に打てる手はないぞ……。
「私としてもまぁ、聖女殿がこれほどの戦力で来たことは想定外ではありましたがねぇ、これだけの数には対応できますまい」
そう言うとキラエムの周囲には黒い門が無数にうみだされ、それぞれから見たこともない魔物たちがどんどん湧き出てきた。
「ふふふ……素晴らしいでしょう。これは」
複雑に他の生物同士でつなぎ合わされている。いわゆるキメラだ。
もう1つ異変がある。先程自害を求められた兵士の死体が黒く包まれて消えたのだ。
「これは……黒魔術の代償を洗脳した人間に肩代わりさせているみたいだね」
「うげぇ……とんでもないことするねぇ」
リリィとビレナもドン引きの好き放題さだった。
「さあ、これを前にしてなにか、言い残すことは?」
「まさかこの程度の戦力で我々を止めるつもりですか?」
「ふむ……なるほど、この程度では強がりを見せられる、と」
そう言うとキラエムは今の3倍の召喚を行った。
兵士も3人倒れて消えたが、それはもう諦めるしかないだろう……。
「ふふ、どうです? これでもまだ強がれますか?」
「これで全部?」
「ええ、そうですねぇ、ですがそれがわかったからと言ってーー」
リリィが笑う。キラエムの言葉を信じるに足るなにか確信を得た様子だった。
「ご主人さま、やっちゃってください」
「んー? 何をしようというのですか、そんな役に立たない小僧が」
キラエムの表情には余裕がある。ただこちらも準備する時間は十分にもらっていた。これだけ時間があれば、相手が300を超えるキメラの大群でもなんとかなるだろう。
いつもと違って集中する必要があるので手を合わせ補助魔法陣を展開しながら叫ぶ。
「テイム!」
「馬鹿げたことを……こんな数を一度にテイムすることなど……それどころかこの魔物、一匹ずつがAランクを超える危険度だというのに」
キラエムの言うことは最もではあるが、重要なことを見落としている。
テイムに応じるかどうかの抵抗力はテイムされる個体に委ねられているわけだ。こいつらが自ら今の状態を逃れたいと願えば、テイムの成功率は跳ね上がる。
「さて、まずはあの馬鹿な男から、やってしまいなさい!」
手を掲げ魔物たちに指示を飛ばすキラエム。だがすでにその指示に従うものはいなかった。
「は……? おい! 何をしている! はやくせんか!」
「ぷぷ……間抜けだねぇ、あのおっさん」
「ぐっ……貴様ぁあああああああ」
ビレナの挑発にのって身を乗り出したキラエム。その腕には黒魔術のための紋章が刻まれている。
「私も不思議だったんだがな……なぜ突然こんな男が国を取れたのか」
「そっか、バロンはいなかったんだもんね」
「聖女殿はこれを知っていたのか?」
「全部じゃないけどね、なんとなくの予想はあったよ」
「なるほど、すべてお見通しというわけか……黒魔術を悪用したとなればまぁ、わからんでもないな」
バロンが手を合わせて祈るようなポーズになる。
「ふははは。神頼みか! いいだろう、好きにすればいい!」
取り合うことなくビレナに向かうキラエム。得意げな表情でビレナに殴りかからんと腕を伸ばし、そして――
「こうも下賤で使いこなせておらん黒魔術というのも、なかなか見られるものではないな」
小さな、だが地上で最も優れた黒魔術のスペシャリストに、キラエムの渾身の攻撃が片手で受け止められた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます