37 国外れの悲劇

「女子供は残しとけ! 使うか売れる! 男は殺せ!」

「なんで俺たちがこんな目に……」

「こんなんなら教皇がいてくれたほうがマシだった! くそっ! くそおおおおおおお」


 たどり着いた村は、地獄のような光景が広がっていた。


「ここまでとは……」


 バロンはフルフェイスの重騎士スタイルになり暴れている山賊、いや盗賊たちに襲いかかった。


「ご主人さま、けが人をまとめて教会に」


 それだけ言うとリリィも動き出す。

 ビレナもすでに姿は見えなくなっている。

 俺も今にも手をあげられそうな家族を見つけて駆け出した。


「なんだぁ? お前ーーぐあ」

「てめぇ! がぁ……」

「こいつ……囲め!」


 相手は7人、2人はすぐに無力化できてよかった。

 あと5人。


「しねぇええええ!」


 斧を振りかぶって突進してきた男をカゲロウの加護に任せて力ずくで投げ飛ばす。

 あと4人。


 本当に強くなってるな……。相手が弱いだけかも知れないが……。


「こいつナニモンだ!? 仲間を!」

「いや、その必要はない……」


 仲間を呼ぼうとしたところで騎乗した男が現れた。ほとんど裸に近い荒くれ者たちの中では馬に乗っているだけで異質な存在だ。事実、実力もこれまでの男たちとは一線を画している。


「お頭?! なんでここに!?」

「てめぇがあのばけもんどもの親玉って聞いてなぁ? 明らかに弱えくせによぉ!」


 なるほど。相手はこの集団の頭らしい。ビレナたちに勝てないとわかってこっちに来たのか。


「俺はこれでもよぉ、Bランクの冒険者って肩書ももっちゃぁいるんだ」

「それは大問題だな……」


 Bランク冒険者がなんで盗賊の頭になってるんだ……。


「Bランク冒険者の力、わからないわけではあるめぇよ。てめぇが人質になってあいつらとイイコトさせてくれるっていうなら、命だけは助けてやってもいいぞ?」

「なるほど……」

「てめぇも冒険者ならわかるだろう? Bランクには逆らっちゃいけねぇ壁があることくらい」


 それは間違いなくその通りだ。Bランクというのは本当に冒険者の中でも一握りの存在。

 冒険者たちの憧れで、輝かしい実績と実力を積んだものだけが到達する真の冒険者。

 子どもたちが語る冒険者、吟遊詩人が語る冒険者はどれも、Bランクを越えている。

 だからこそ目の前の存在がそうであるとは、少し、認められない部分があった。


「ちなみに、向こうの3人のこと、ちゃんと見たのか?」

「あ? いくら格上だろうがよ。パーティーリーダーが人質じゃあ大人しくするだろ?」

「そうか……」


 あの3人の戦いぶりを見ても実力差がわからないのか……。

 これでBランクだというのなら、俺も自信を持ってランクを上げられそうだ。ビレナが出発前にクエストを受けてきたので戻ったときには上げざるを得ないのはわかってるんだが……。いまだに実感の湧かない俺に自信をつけてくれる相手だった。


「で? 女を差し出す覚悟は決まったかい?」

「いや、お前が俺に勝てたらそうしろ」

「は?」

「カゲロウ」


 改めて精霊を纏う。


「なんだそりゃぁ……てめぇ……」

「こないのか? 行くぞ?」

「っ……」


 馬を下がらせようと手綱を引くが馬のほうが固まってしまって動けない。カゲロウのプレッシャーに負けているんだろう。


 地を蹴って馬上の男まで一気に距離を詰める。


「馬鹿め! 攻撃は上から下が定石なんだよ!」

「力差がなければ、だな」


 SランクのカゲロウをBランクが相手にするようなことになるのだ。上も下も関係ない。


「なっ?!」


 男の持っていたサーベルが吹き飛ばされて宙を舞った。だが怯まず腰元の短刀へ手を伸ばす。そのあたりの切替はさすがだと思うが、今の俺にはそれも対応できるだけの力が備わっていた。

 腰に向かっていく手をねじりとって、勢いのまま馬上から突き落とした。


「ぐああああああああ」


 折れたかも知れないがまぁいいだろう。そのまま腕を取って周囲を警戒する。


「くそっ! 武器をおろせ野郎ども! 俺たちの負けだ!」


 あっさり降伏したことに既視感を覚える。あぁ……バロンのときだ。


「ほら、見ての通りだ! 武器も捨てた! てめぇも手を離しやがれ!」

「おい、この状況でよく偉そうにできるな?」

「ぐあああああああああああ」


 ちらっと見えたのはナイフ。おそらく何か塗り込んでいた。

 ということでもう片腕ももらっておく。


「くそ……」


 腕が使えなくなっても魔法で何をするかわからないので油断はできないんだが、完全に戦意をなくしたのを確認して離れる。取り巻きも手は出せなくなっていたようだ。


「しまった、けが人を集めろって言われてたのに……」


 目的を思い出して襲われていた家族のもとに向かおうと思ったが、ここで俺が向かっても怯えさせるだけだろう。

 教会に逃げるよう、身振り手振りで伝えると何度も頭を下げながらすぐにこの場を離れてくれた。少年だか少女だかわからない子どもが手を振ってくれたのは救いだった。


「てめぇら一体なにもんだ……。今のこの国にわざわざ乗り込んでくる馬鹿な冒険者のくせに、その力……」

「あの3人を見てもわからなかったのか?」

「俺が見たのは獣人のバケモンがうちの部下をずたずたにしていくとこだけだ。ったく……どんな神経してたらあんなバケモン飼う気になれんだ……くそが」


 なるほどな……。


「略奪は何度目だ?」

「あぁ?」

「何度目だ?」

「ふんっ。俺たちももともとは辺境で暮らしてたやつらだよ! いまじゃこうでもしねえと自分らの食い扶持も稼げねぇ! 冒険者ギルドは依頼がなけりゃ動けん! 治めていたはずの国が荒れちまったら端っこからこうなってく! わかりきったことだ」


 なるほどなぁ……。ただまぁそれでも、それを良いことに好き勝手をしたこいつらが許されるわけじゃない。


「お前らみたいなやつが生まれないように、気をつけるとするよ」

「は?」


 このあと国を動かすはずのバロンにはよく言い聞かせておこう。

 ちょうどよく教会からリリィの声が響いた。


「皆さん、聖女リリルナシルです」


 村の各地で驚きの声が上がる。


「おい、聖女様だ?!」

「聖女様って枢機卿と一緒にいるって」

「ばか。あれは枢機卿が流した嘘だろうよ。行方不明だったって」


 そういうことになってたのか。


「神託が下りました。逆賊キラエムに天誅を下し、国には新たな指導者をと」


 にしてもよく響くな。教会には拡声魔法があるのだろうか。すごい技術だな。


「新たな指導者の名はリント。この動乱より皆さんを救うべくこの地に降り立ちました」


 盗賊たちが俺をまじまじと見ている。名乗ったわけではないがリリィがこのパーティーの一員だったことは察しはついているだろうし、そのリーダーが俺だということはわかっていたわけだからまあ……察したんだろう。


「逆賊キラエムを討ち、新たな指導者が立ち上がるには力が必要です! 神はそのために、私に新たな力を与えました!」


 教会の屋根から夜にも関わらず光が溢れたのが見えた。

 演出のためにリリィが魔法を使ったのだろうが、効果はてきめんだ。神々しく後光の指すその姿に、村人は自然と膝をついて祈りを捧げていた。


「神の力を、ここに」


 光り輝いたリリィがその光に包まれていく。そしてそのシルエットから、翼が生まれた。


「おぉ……」

「ありがたや……ありがたや……」

「聖女様がついに神様に……」


 こうしてみるとほんと、すごいな……。翼の生えたリリィはまさに神の遣いにふさわしい風格を兼ね備えた天使になっていた。さらに……。


「おぉ……?! 傷が!」

「うそ……あなたっ! 無事なの?!」

「足が動く……! 動くぞ!!!」


 広域に一斉に回復魔法を使ったらしい。聖属性適性S+5段階はとてつもない……。この人数を一度に直しきってしまったらしい。中には瀕死の重傷者もいたのが周りの反応から見て取れた。

 もちろん俺が折った腕ももとに戻っているが、いまさら何かをしかけてくる気はないようだった。


「こいつは……まさか聖女様のパーティーに手を出しちまってたのか……」


 戦意は完全に折れた様子だった。

 リリィとバロンに聞いていたが、この国の人間は信仰を選んで自ら死を選ぶのが普通らしい。いまは国が混乱し、その信仰を向ける先がないためにぶれてしまっているものも、リリィがわかりやすい指針になってあげることで前を向かせられると言っていた。まさにその言葉通りの姿がそこにはあった。


 これなら放置しても大丈夫だろう。盗賊たちは拘束だけしてその場に放置し、リリィたちと合流するために教会へ向かった。

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