フレーメルギルド

「あら、リントさん、お一人ですか?」


 次の日。俺は1人でギルドを訪ねた。

 4人は慣れないフレーメル観光を楽しんでもらうことにしている。

 ただバロンとミラさんは2人に散々な目に合わされたせいで俺が家を出る時はまだベッドに沈んでいた。

 実行犯の2人はフレーメルの森に興味を示したらしく装備を整えて出かけていった。今日森にでる冒険者たちの獲物が残っているか心配だ……。


「久しぶり。ルミさん」


 多分フレーメルで一番優しかったのは受付嬢のルミさんだろう。

 ギルドはテイマーに不利な規則が複数ある。その抜け道を教えてもらったり割のいい仕事を斡旋してくれたり、色々面倒を見てくれた。ルミさんのおかげで俺は王都までたどり着いたと言える。


「ひどいですね……私を捨てて突然王都に行ったと思ったら、あんな美人ばかり揃えて見せつけるようにかえってくるなんて……」

「いやいや……」


 小柄で人懐っこいリスのような見た目。実際獣人の血も混じっていると聞いている。当然人気もあるんだが妙に俺には気をかけてくれていたような気もするし、駆け出しの冒険者にはみんな優しかった気もする。

 時たまこうやってからかってくるのも愛嬌があって可愛かった。ただ周りの冒険者の目が怖いので今はやめてほしい……。


「ふふ……それにしてもリントさん、少しの間で本当にたくましくなりましたね」

「そう……なのか?」

「それで……どの子が本命ですか? やっぱり聖女様?」

「いや……」


 本命……? そういう概念で考えたことがなかったというか、考える暇がなかったというか……。


「あらあら、もしかしてハーレムですか!? あらー、それなら私も混ぜてもらいたいなぁ」

「冗談はやめてくれ……」


 こういうからかいを真に受けた新人は先輩たちに手荒く現実を叩き込まれる。いまも俺とルミさんの会話に耳をそばだてる冒険者たちは多くいた。


「ふふ。いまのリントさんならちょっと、ほんとに良いかなと思うんですけどね」

「はいはい。それよりちょっと聞きたいことが」

「はーい、どうしたんですか?」


 聞きたかったのはあの遺跡周辺に出入りした人間がいないかどうか。

 アレな本だけがなくなっていたのは別にいいんだが、誰が出入りしていたのか気になる。あの書物の価値を知っていれば持ち帰ったはずではあるが。


「んー……ちょっとまってくださいね、あの辺りでの依頼は……」


 ルミさんにあの周囲でなにか依頼があったりしたかどうか。本来はこれはギルド受付嬢の業務ではないんだろうが、昔のよしみで手伝ってくれる。


「あー、ここ何日かの間に特にそういう依頼はなかったですね。どうしたんですか?」


 遺跡類は発見したらギルドへ報告することが望ましい。ということでルミさんには過去あの洞窟なのかなんなのかわからない場所は伝えている。ギルドとしては特段珍しいものもなさそうということで放置されていたし、それを考えるとこれを報告するべきか迷うが、まぁいいか。


「聖女様が違和感を感じたから、一応気になってね」

「……その話、詳しくお聞かせいただいても?」


 それまでの雰囲気と一変したルミさんの勢いに飲まれるがまま別室に通された。王都のように広くも綺麗でもないがここは上位の冒険者やそれこそ王都の役人たちだけが使う部屋。

 俺のようなCランクの冒険者が呼ばれたことに周囲の冒険者たちは驚いていた。絶対あとで絡まれる……。


「久しぶりだねぇ、リントくん」

「久しぶり、マスター」


 部屋に入るとフレーメルギルドマスター、クエルがいた。


「いやはや。王都での活躍は聞いていたさ。誇らしいよ、我がフレーメルギルド出身の冒険者が脚光を浴びるのは」


 中性的な顔に演技がかった口調と動作。もう結構な歳だと思うが見た目は若い。男なのに化粧もしているので更に年齢がわかりにくくなっている部分もある。これでも元Aランク冒険者らしい。上位の冒険者はどこかおかしくないとたどり着けないんだろうなと思った。


「さて、あの遺跡だねぇ?」

「あれは遺跡で正しいのか?」

「正しいともさ。アレを見つけた冒険者は私が知る限りリントくんが初めてだったけどねぇ」


 ギルドはあれを遺跡として把握していた、のか?


「ここに呼んだんだ、詳しく話はしようじゃあないか。隠し立てすると恐ろしいことになるとガイエルの人間に聞いたしねぇ」


 ミラさんのことだろうか……もうひとりのことだろうか……。

 ギルド同士は高度な魔法技術を利用して情報を伝達しているとも噂されているから、それでなにか知ったんだろう。


「さてと、あの遺跡はねぇ、旧ビハイド屋敷があった場所だ」


 いきなり驚くようなことを言ってのけられた。


「ビハイド屋敷!?」

「驚いているねぇ」

「そりゃ……辺境伯家って……」


 ビハイド辺境伯家はもっと北だったはず。ここはいまカルメル騎士爵家が治めている。


「ビハイド辺境伯家はその昔、今の3倍の土地を治め、王家とも血縁関係のある大貴族だった」


 辺境伯と言えばそれだけで十分大貴族なんだが、その3倍……?


「ここまではこの周囲に住んでいる人間なら割と知ってる情報さ。未曾有の大災害が起こり、対応に不備があるとしてその力を大部分削がれたことも」


 なるほど……。広い領土で対応が追いつかなかったとか、そういうことだろうか?

 俺は親がいないからその手の常識を持ち合わせていない。


「リントくんにはあらためて説明したほうがいいようだねぇ」


 そういうとクエルはこちらへ向き直った。話は続く。


「未曾有の大災害についてだけどねぇ、森の魔物たちのスタンピードが起きたんだよ。当時の辺境伯は自兵団のみで事態の収束に当たったんだけどねぇ……」


 言わなくてもわかる。対魔物の戦術がろくにない兵では歯が立たないだろう。


「ここで活躍したのが当時Bランク冒険者だったカルメル騎士爵だぁね。その功績で爵位を手にした。ただまぁ、騎士は世襲できないからねぇ。放っておけば近々ここはまたビハイド領になるだろうねぇ」


 なるほど……?

 よくわからなくなってきたがまあ一旦疑問は脇に置いておこう。なんかそれより大事な話がありそうだ。


「とまぁ、ここまではみんながよく知ってるお話さぁ。……だけどね、真相は別にあるんだよ」

「別に?」


 ーーキン


 突然部屋に甲高い音が鳴り響いた。


「不意打ちなら勝てると思ったかぃ? ルミくん」

「くっ……」


 ルミが繰り出した短刀を軽々とナイフで受け止めるクエルの姿がそこにはあった。

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