復讐

「私はこれでも元Aランクなのだからねぇ……」




 流れるようにルミに応戦しながらクエルが続ける。


「いつ尻尾を出すかと思えば何年も優秀な職員として活躍してくれたからねぇ。うっかり情がうつるところだったよ」


 全く情など持ち合わせていなそうな軽薄な笑みで伝えるクエル。

 流れを見てなかったら完全にルミさんに味方しただろうなぁ……。


「最初から、わかって……?」

「もちろんだとも。カルメル家の一人娘、ルミナス=カルメル」

「くっ!」


 ルミさんが鍔迫り合いから離脱する。


「座りたまえ」


 クエルがそれだけ言うとルミさんの周囲に身体を拘束する魔力線が出現した。


「なっ?! ぐっ?!」

「さぁて、続きだ」


 拘束され椅子に座らされたルミさん、化粧をした喋り方のおかしいおっさん。

 心情的にはルミさんを味方したい気持ちが芽生えるがぐっと我慢して話をきく。


「魔物たちのスタンピードはビハイド家によって引き起こされている」

「え……?」

「ビハイド家の歴史はない。大陸中の希少な魔道具や魔術書が溢れていた。その中にそう……一冊特殊な本があってねぇ」


 身構える。

 だがクエルは手をかざして俺を制した。


「まさか、いまここで君になにかしてしまったら私の首じゃあすまないんだ。馬鹿なことはしないさ」


 まぁそうか。俺になにかあった瞬間にビレナが飛び込んでくるイメージはある。


「ビハイド家の専属魔術師はその力を御しきれなかった。そしてアレシア=フォン=ビハイド……2代前の領主だねぇ。これもまた、力に溺れた」


 星の書には確か、テイマーが力を抑えきれなかった場合のことも書いてあった。

 従魔を活性化させる力だけが溢れたとき、周囲の魔物たちは暴走する。それを止める方法は……。


「スタンピードを止めたのはカルメル。だが止め方までは広まっていないからねぇ」

「……」

「知ってるんだろう? その方法は」

「術者を殺すこと……」

「そうさ。別に悪いことじゃぁない。暴走したんだ。もはやあれは人ではなく魔物。カルメルは何も間違ってはいない。それが真相」

「それは……」


 どうしてルミさんがわざわざ止めようとしたんだ?


「当時公開しておけばよかったんだがねぇ。そうなればビハイド家は御家断絶、一族郎党みな、処刑されただろうさぁ」

「なるほど……?」

「それを冒険者のカルメルは嫌がった。先代のビハイド領主とカルメルの間には友情と盟約があった。だからねぇ、つい最近までは平和なものだったさ」

「最近までは……?」


 クエルを見るとそれまでの道化が影をひそめ、悲しそうにうつむいていた。


「いまのビハイド領主はまぁ、ドラ息子でね……。悲しいかな、今になってしまえばそう、カルメルには事実を公表しなかった責任がある。一方でこのドラ息子のほうは、2代も前の話に責任を取る必要はないと考えている。たしかに知らぬ存ぜぬを通せば自らの地位だけは守れるかも知れない」

「それは……」


 そんなことがあるのか? どう聞いても悪いのはビハイドの側なのに。


「これがまぁ、悲しいかな。辺境伯家と騎士爵家の力関係さ。王家としても騎士くらいはいくらでも代わりがいるがねぇ……力関係を悪用したミハイル=フォン=ビハイドはカルメル家を脅している。もしことが露見すれば、カルメル家は王家の裁定を待たずにビハイド家に潰されるだろうねえ……」


 ルミさんを見ると悔しそうに顔を歪ませているのを見るとその話は正しいんだろう……。

 だがクエルの話はここで終わらない。


「だがねぇ、ルミくん。何もビハイドの敵は君だけじゃぁない」


 ルミさんの拘束が解かれた。ぽかんとするルミさん。


「ビハイド家現当主は、影響の及ぶ範囲でテイマーの芽をつんでまわった」


 そう言って髪を払って隠れていた左目を見せつける。そこには透明の、作り物の眼球が埋め込まれていた。


「冒険者クエルはその芽をビハイドに摘まれた。そして私をここに押し留め、決してテイマーの活躍を許すなと命じた……ルミくんと同じだ。君が私を監視させられていたように、私もそう、見張られているのだよ……」


 道化が消え、激情が溢れた。まるでこれまで左目と一緒に隠していた思いがあふれるように。


「私は君の才能を知って興奮したものだよ、リントくん。ばれない程度に育て、なんとか王都へ逃した。成功だよ。こうも立派になって帰ってきてくれるとは……!」

「何を考えてそんなことを……?」

「私が生きているうちにねぇ、ビハイド家を叩きたくなったのさ」


 そう言うとクエルの背後に魔法陣が展開される。

 ルミさんは身構えたが俺はあの魔法陣を知っている。


「魔物召喚……」


 上位のテイマーが保有する技術だ。出てきたのは禍々しいほどの狂気を帯びた呪われた鎧。全身を覆う金属と、片手に握られた大剣、そして……首から先がない騎士。


「デュラハン……ですか?」


 ルミさんが目を丸くする。デュラハンといえば少なく見積もってもA+超級の魔物。ドラゴンテイマーよりも強い……。


「ビハイドの悪行を世に知らしめる。当然だが、カルメル騎士爵家も被害を被るだろうねぇ」

「くっ……ならっ!」


 再びルミさんが短刀を握り直すが、実力差に加えてデュラハンの圧力で動けずにいる。

 そこにクエルが言葉を加えた。


「本来ならば……」

「えっ?」


 ルミさんの顔がコロコロ変わるな。


「本当はねぇ。ルミくんのことも含めて利用して、全てを復讐につかうつもりだったんだけれどねぇ」


 デュラハンを抱えた元Aランクテイマーであればまぁ、辺境伯家に多少なりともダメージを与えることはできるかもしれない。ただしそれは捨て身の作戦だ。自分の身内はもちろん、関わる全ての人間に大きな影響を与える。


「君がいればすべてが変わる。Sランク冒険者に聖女、滅龍騎士団長、そして王の覚えもめでたいドラゴンテイマー」


 そう並べられるとなんか、すごいな……。


「ルミくんのカルメル家を守るくらいわけもないだろう」

「本当に……?」


 ルミさんの表情に変化が生まれる。


「本当に、私の家は……」

「それはもちろん、リントくん次第だろうねぇ」


 ニヤリとこちらを見るクエル。さすが、俺が幼い頃から見てきただけある。いや今の話を考えれば、それとなく俺にテイマーの道を、王都への道を開いてきた男だ。俺の扱いは慣れているんだろう……。


「お願いします……。リントさん……私を、我が家を救って……」


 女の子に頼まれて断れるようには、育てられていなかった。

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