対談
リリィとバロンは日中はしっかり神国大使としての仕事を全うしている。教会を回ったり、貴族と挨拶したりといろいろ忙しいようだ。
教皇は普段からこの手のやり取りには顔を出さず、裏でコソコソ動いていただけだったらしい。都合が良かったので安心してギルマスのヴィレントが紹介した隠れ家に従者ともどもぶち込んでおいたとのことだった。
「で、これ、俺必要だったのか……?」
「絶対必要!」
ビレナに逃げたいと目でも訴えかけるが絶対に逃さないと顔に書いてあった。
「いや……でも場違いすぎない?」
連れてこられたのは王城。
一生縁がないと思っていた城に足を踏み入れるどころか、国王との晩餐会に呼ばれてしまった。
「マナーとか全くわからないんだけど……」
「心配なさるな。冒険者にそのようなものは期待されておらん」
一緒にきていたヴィレントがフォローを入れてくれる。
今回の食事に来たメンバーはギルドマスターヴィレント、Sランク冒険者ビレナ、聖女リリルナシル、神国騎士団長バロン、そして俺。
教皇は体調不良ということになっている。代わりにバロンが呼ばれたわけだ。
なんでこんなメンバーにこんなのが混ざってるんだという気持ちは俺が1番感じているんだ。だからそんなに睨まないで欲しい……貴族の皆さん……。
「こちらに」
案内された部屋に通され、座る場所もわからずヴィレントに助けられながらなんとか席につく。
程なくして国王と従者たちが入ってきた。
見様見真似で頭を下げたりしていると食事が運ばれてくる。と同時に改めて国王が口を開いた。
「神国から遠路はるばるご苦労。到着してすぐ挨拶が出来なかったことを詫びよう」
「とんでもございません」
外行きモードのリリィがしっかり対応している。こういうの見ると聖女なんだなぁと感心する。普段夜の姿からは想像できない姿だ。
「さて、今日は半数以上が冒険者だ。堅苦しいことは抜きでよろしいかな?」
「もちろんでございます。陛下」
運ばれてくる料理も飲み物もこの世のものとは思えないくらいうまい。マナーだの周囲のことなどは気にならなくなってくるし、それで問題ないことはヴィレントが教えてくれていた。
「して、ヴィレント。お前が来たということは……」
「聖女リリルナシル、そしてこないだSランクになったビレナは俺の弟子だ」
「ほう。そうだったか。噂は聞いておる」
ヴィレントと国王グリエドは旧知の仲。今回俺がここにいるのもヴィレントの取り計らいによるところが大きい。
「して、やはりそのものが気になるな」
国王の目が俺に向く。
白髪頭ながら気迫充分といった様子。特にその目力はこちらの芯を見透かされるような凄みがあった。
「わが王都ギルド期待の新人といっていいだろう。リントという」
促されて頭を下げる。
「良い良い。慣れぬ真似はするな」
国王自らそう言うならまあ、いいか。
「すでにレア種のダブルスキルドラゴンをテイムするドラゴンテイマーだ」
「ほう。我が国にドラゴンテイマーが現れたのは何年ぶりか……」
「すごいのはそれだけじゃない。驚け。ドラゴンより強い従魔を4体も抱えている」
「なにっ!?」
国王が思わずといった様子で立ち上がる。
そこで冷静になったようで口元を拭きながらゆっくりまた腰掛ける。
「しかし……ドラゴンより強いだと……? そうほいほいおらぬだろう」
「ここに3人もいるじゃないか」
「それはそうだが……まさか?」
目を見開いてこちらを覗き込む国王。
「ふふ。私からお願いしたんだよね」
「私もそうです」
「私は……私もです……」
ビレナたちが口を挟む。バロンも不承不承ながらではあるがリリィの笑顔に怯えたように声を絞り出していた。
「ふむ……そうか……。しかし前例のないことだろうな。なるほど、それでか。お主がここにきたのは」
「そうなります」
小心者なので俺は一応慣れない敬語を使う。
「ふふふ……で、驚かせにきただけではあるまい?」
「いや、それがそうも言えん」
「なんだ、今更少々のことでは驚かんぞ」
「ここからは聖女殿に譲ろうか」
ヴィレントがリリィに目を向けると言葉をつなぎ始める。
「神国の現状はお耳に入っておられるかと思います」
「そうだな。残念だが兵は出せぬぞ」
国王が渋い顔をする。
「それはもちろん」
「では何を?」
「我々が神国で何をしても、目をつむっていただきたいと」
リリィの言葉に国王は黙り込む。
「……なるほど……そうきたか」
国王には伝わったらしい。俺はついていけてないが。
「Sランク4体を抱えるパーティーに自由を……これは……下手をすれば我が国も傾けかねない話だ」
「だから私がきた」
国王の言葉にヴィレントが答える。
「あくまでも神国内での出来事に口を挟まないというだけでいい。万が一王国に何かあれば、いつも通りだ」
「ふむ……なるほど。一見全く問題のない話だ」
国王が深く腰をかけ直した。
「だが、わざわざ言いに来たということは、だ。何かこちらが口出しせざるを得ん状況を作りに行くという宣言でもある」
ふむふむ。なるほどそうなのか。勉強になるな。
「例えば、Sランク3人を含むパーティーが一国を支配したとなれば、これまでろくな戦力のなかった神国を警戒するために我々は兵力を分散させねばなるまい」
Sランクの戦力は小国1つの国家戦力に該当する。王国で言えば辺境伯家の戦力と正面からぶつかって潰しきれるだけの力だ。これが3人も固まっていれば警戒せざるを得ない。
「心配するな。ここにいる人間は半数以上王国民、もちろん考えはある」
「聞こうか……」
ヴィレントが話を始める。
「リントは神国との国境の守りを担当するビハイド辺境伯とつながりの深いカラハム騎士爵家の治めるフレーメルの出身だ」
「ふむ。立地上も神国との国境に面した1つだな」
「これだけでは弱いか?」
「弱いな。ましてその者はテイマー。故郷に恨みがあっても不思議ではない」
恨みこそないがまぁ、あまりいい思い出ばかりでないことも確かではある。
ここでリリィが口を挟んだ。
「では陛下。同盟を結びませんか?」
「神国と、か? その不安定な状況で?」
「いえ、我々パーティーと、です」
「一国が一パーティーと同盟など……いや、それが狙いか……」
国王が後ろに控えていた従者に耳打ちをする。
「……国がパーティーと同盟というのは不可能だ」
もちろんわかっているとばかりにリリィがうなずく。
ちょうど従者がもどってきて一枚の紙を王に渡している。
「だが、わし個人とであれば話は変わる」
「ええ」
「これはわし、グリント=ラ=ディタリアと、冒険者リントの率いるパーティーとの間に結ぶ、個人の協力関係」
「そうですね」
「全く……結ばねば無駄に脅威が広がる。結べば神国をお主らが乗っ取ることは更に容易になるときた。こんなことならトラリムを呼んでおくべきだったわ」
「国王の右腕、ですか」
「あれはもはや半身だ。万が一あやつが国に背けばこんな国などあっという間に滅びるであろうな」
トラリム宰相。平民から成り上がって国のナンバー2にまで上り詰めた智将。Bランク冒険者時代にどこかの貴族に拾われたのがスタートと聞いている。相当頭の切れる人物であるらしく国民からの人気もある。
「ふふ。西にも警戒しなくてはならない広い国は大変ですね」
こうしてなぜか俺は国王と協力関係を書類に誓うことになる。
もちろん魔法による効力のある契約。相互の不可侵を誓い合った。
「これで神国の命運は決したか」
ヴィレントが息をつく。
「ま、実はあんまり変わらないけどね」
「そうですね。ご主人さまが神国に向かう時点でもう……」
「え?」
どうやらこの書状があれば俺の故郷はもちろん、辺境伯家から兵を借りることもできるらしい。これでヴィレントは大勢が決したと判断したようだが、ビレナたちはそれを使うつもりがなかったらしい。
「ではなぜわざわざ書状を……?」
「その先の話。リントくんが神国の指導者になれば、神国は王国の庇護を受けた同盟国扱いだから」
「わしも可能性の話はしたが、まさか本気か……?」
「もちろんっ!」
ビレナを相手にすれば国王でも振り回されるのだなと思うと、なんだか気が楽になった。
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