三人目
「キュルケ!」
「きゅっ!」
キュルケはクエストをこなすうちにいつの間にか身体にあった小さな剣を持つようになっていた。どういう原理か魔力を弾き返せるようだったので、バロンの攻撃にも有効か試してみたのだ。
「くっ?! きゃあああああああああああ」
思ったよりうまくいった。いまなんか可愛らしい悲鳴が聞こえたな。
「貴様っ!」
「お、おお……」
キュルケが弾き返した魔力波はもろにバロンに襲いかかった。それなりの威力があったようで、バロンの甲冑がところどころ弾け跳んでいる。そう。綺麗に胸の周りとか、太もものところとか。
「さすがご主人さまですね」
なにか勘違いしたリリィに褒められる。教皇が目を潰されてのたうちまわっていた。
「くっ……一体何が……」
装甲がはずれてむき出しになった左胸を抑えながら後退するバロン。甲冑は殴られて形が変わると身動きが取れなくなるという欠点があるため、ダメージを受けたときは可動範囲が狭まらないよう魔法で自動的に壊れる仕組みになっている物が多い。しかしなんで甲冑の中に何も着てないんだ。変態なのか?
「貴様……!」
俺の目線に気づいたバロンが顔を赤くして睨みつけてくる。
が、すでにSランク相当の実力者としての尊厳は崩れ去っているため先ほどまでのような恐怖を感じることもない。いや脅威であることは変わらないんだけど……。
「カゲロウ」
「キュククゥー!」
呼びかけると一声鳴いてから、俺を纏う炎を一部引き連れてバロンの元へ飛び出していく。
「はっ? きゃあっ」
体勢不十分。斧を構えようとするも間に合わず、バロンは炎帝狼の炎に囲まれる。
「ひっ……」
カゲロウが近くに来て初めて気づいたらしい。単体で勝てる相手ではないことに。
そりゃそうだな。角を生やしたビレナが勝てないなら、並みのSランクに勝てる相手ではない。いや並みのSランクってなんだ。Sランクはみんな規格外だったはずなのに……。
思考を戻してバロンをみると、涙目になった青い顔をこちらに向けていた。
「お願いします……殺さないで……」
そんなひどいことするようにみえたんだろうか。
2人を見て意思を確認する?
「んー、どうする? リリィ」
「どうしましょう? ご主人さま?」
「俺が決めるの?」
そうなると目の前で怯える女をわざわざ殺すのは忍びない。
と、油断したその時だった。
「ふっ」
カゲロウの炎に囲まれていたはずのバロンがものすごいスピードでこちらに迫ってきていた。カゲロウの大部分はあちらにあることを考えると結構やばい状況だ。
だがーー
「甘いなぁ」
ビレナのその声はどちらに向けられたものだったか。
「え?」
俺にはもう目ですら追えない速度でバロンの持っていたナイフを弾き飛ばしてその動きを制していた。
「リントくん、油断したねー。あとでお仕置き!」
顔が夜になってる。搾り取られるやつだこれ……。
「こういうところがあるので信用できないんですよね。騎士団長様は」
続いてやってきたリリィは笑顔の裏に竜もびっくりなオーラを携えている。
「ひっ……」
炎帝狼の炎に囲まれたときより、ビレナの手刀が首元に添えられたときより、リリィが笑顔で近づいたときのほうが怯えた表情を浮かべるバロン。
「知っての通り私の治癒魔法、手足くらいなら再生できます」
「あ……」
ガタガタと震えながら冷や汗を流すバロン。いよいよどちらが悪役かわからなくなる。
「意識も戻せてしまうので……そうですね……。死ぬよりつらい思い、いくらでもできるんですが、どうしますか?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
顔があげられなくなったバロンはぶつぶつ謝り続けるだけになった。
「にゃはは。そこまでしなくてもリントくんがいるから大丈夫だよ」
「あっ、そうでしたね。ついいつもの癖で」
いつもあんなことやってるのか? いや怖いから聞かないけどな?
「と、いうことで。こいつは今後も生かしておくけど、何するかわからないので逆らえないようにはしないといけませーん」
「ああ」
「じゃ、やっちゃって」
ビレナが軽い調子で俺を見る。
「は?」
バロンがぽかんとして俺を見つめる。
「ほらほら、ご主人さま。私のときと同じようにさくっとしちゃいましょう!」
「外だけどここ」
「にゃははー。さすがリントくん、テイムよりそっちがメインかー」
しまった。ついリリィとの昨日の事をおもいだしてそちらへ頭が持っていかれてしまっていた。
「テイム……?」
「死ぬのと、死ぬより辛い思いするのと、テイム、どれがいいか選んでいいですよ?」
「ひっ……お願いします! テイムして下さい! 何でもしますから!」
よほどリリィが怖かったようで俺の足にしがみついて懇願してきた。まぁ、そうまでいうならそうしよう。
いずれにしても生かしておくなら何かしらこういうことは必要だったしな。だから仕方ない。うん、仕方ない。
「2人ともこうなるってわかってたのか」
「にゃはは。じゃ、あとはお楽しみということで」
「一回この生意気な子がひぃひぃ言ってるの、見たかったんですよね」
俺よりヤル気満々の2人と、助けを求めるように俺に涙目を向けるバロン。
静かに首を振ると、森にバロンの叫びがこだました。
「いやあぁあああああああああああああああああ」
俺ももちろん楽しませてもらった。
ちなみに教皇はいつのまにか意識を刈り取られていたらしく、目覚めた時にはバロンの変わりように目を丸くして絶望していた。
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