神国
「立ち話もなんだ。中に入ると良い」
ギルドマスターヴィレントに通された先は、受付カウンターを越えて見たこともない蔵書コーナーのさらに奥の個室だった。
「ここが一番いい。誰にも聞かれることがない」
「ヴィレントはそれを良いことに可愛い受付嬢を食い物に……」
「これこれ。私は愛妻家なんだ。変な噂を立てないでくれ」
好々爺然とした様子は先程の戦闘態勢と全く違う姿だ。
「にゃはは。ということでリントくん、心配しないでも私も襲われたりしないからねー!」
そんな心配はしてないんだがつっこむと話が進まないので黙っておいた。
「さて。聖女の話だ」
「ギルドマスターにまで話していたのか?」
「さっきね。協力してもらったほうがいいから」
なるほど。そんな大掛かりな、いやまぁ大掛かりな話だ。神国から国の象徴を奪おうというのだから。
「もちろん私のような立場で直接的にというわけにはいかないのだが、聖女の件は胸を痛めておってな」
「胸を痛める?」
「あら、リントくん何も知らなかったのか」
そんな天上人の話を頭に入れるくらいなら明日の稼ぎを考える必要があったし、そもそも辺境に届く情報は数ヶ月ズレが有る。
フレーメルでは聖女のせの字も聞くことはなかった。
「ならば神国の現状をお伝えしよう」
ヴィレントが大判の地図を持ってきて広げた。
王国の東、森を突っ切る形で街道を通れば王国の十分の一にも満たない小国が現れる。これを指差しながら説明が始まる。
「まず現在、神国はクーデターが成功し事実上の支配者に元枢機卿キラエムがついている」
あれ? 思ったよりやばいのか神国。てっきり聖女がくるくらいだから余裕があるかと思ってた。
「教皇がトップだったよな?」
「そう。教皇の圧政の噂は聞いておろう?」
「そのくらいは……」
神国に自由はない。全員が教皇を崇めることを必須とした神教を強制されており、国から出ることができるのはごく限られた聖職者と、唯一の武装集団である教皇の近衛騎士団のみだったはずだ。
「それを不満に思うものは当然多かった。だからクーデターが起こり、それ自体はまぁ良かったんだが」
「何が問題に?」
「聖女様と教皇を取り逃がした」
「え?」
それだと今回来てるのって。
「そう。王都に来てるのは教皇と聖女を中心とした旧政権組で、聖女を担ぎ上げて盛り上げてるけど実際にはクーデターから逃げてきた状態だよ」
情報屋より情報の早い2人に驚きこそするが疑う余地はない。ギルドなど情報屋が金を出して情報を買う最たる得意先だからな。
「狙いは王国の後ろ盾を持って神国のクーデターを鎮めること」
「じゃあ聖女様って教皇側ってことか?」
「んーん、聖女……リリィは利用されてるだけ」
リリィ、と言うからには仲が良かったんだろう。
「聖女リリルナシル。リリィって呼んでたんだけどね。元々冒険者をしてたのは知ってるでしょ?」
「Sランク冒険者だよな?」
大陸有数の指折りの実力を持つ冒険者。中でも回復魔法を中心とした聖属性魔法は稀代の才能を持ち、伝説の聖女とも言われている。
「私とリリィは姉妹弟子なの。ヴィレントのね」
ギルドマスター、ヴィレントの顔を見ると大きく頷く。
「Sランク冒険者がどうしてまた聖女に……?」
「逆なの。もともとリリィは聖女だったんだけど、どうしてもって最後のわがままを通して、冒険者になった」
「で、Sランクに?」
すごい話だな……。冒険者はそんな簡単なことではない。
「それについても疑惑はある。実力は折り紙つきではあるが、いかんせん昇格が早すぎた」
「多分だけど、聖女復活の条件にSランク到達があったの……」
なるほど。
ギルドとて少なからずそういう部分はある。どうしても大きな組織である以上付き合いで融通をきかせるところは否めない。
そして神国教皇はその手の搦め手でのし上がった男。ためらいなどあるはずはない。
「神国は信仰を集めるために聖女を神の使いとして、格だけでいえば教皇よりも上の地位を与えている」
「あー……」
「聖女が教皇のもとにいる間は、クーデターは成功と言えないの」
「そして今回、わざわざ国王よりも位の高い聖女が直接来た。王国としては動かざるを得ない」
「なるほど……」
そのあたりの話はよくわからないが、神国と王国はまぁまぁ繋がりが深い。何かあるとそれを種火にして広がる恐れがあるので、元の状態に戻したい貴族も多いらしい。
「てことは俺たちはクーデターに乗るってことか? それとも教皇側につくのか?」
聖女を助けるだけならどちらでもメリットとデメリットがあるが実現は可能だろう。
だがビレナの頭にそんな安全策などなかった。
「んーん。クーデターごと神国を潰すくらいの気持ちでやるよ」
「まじ?」
まさかの第三勢力の出現であった。
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