Sランクの魔物

 声が聞こえた時にはもう、ビレナはギルの上から消えていた。


「見つけたっ! リントくん! テイムできる!?」


 ビレナが何かを地面に押さえつけて訴えかけてくる。俺には全貌が見えないがビレナが押さえつけた周囲だけ景色が歪んだのを見てそこへテイムを行う。


「ダメだ! 全然効かない!」

「やっぱり!」


 サッとその場を離れるビレナ。かと思えば空中で何者かと交戦を始める。俺に見えたのは3度、後退しながら攻撃を交わすような動きを見せるビレナだけだった。

 程なくして俺たちの前にビレナが降り立ち、正面にいた何者かが徐々に輪郭を作り出す。


「まさか……」


 現れたその魔物は一見すれば炎の塊。狼の形を作り出して消え、朧げに景色に溶け込む。


「危険度Sランク。炎帝狼。腕がなるね!」


 息を飲む。ドラゴンの時とは違いビレナが一方的に勝てる相手ではない。


「さて、リントくん」

「なんだ?」


 逃げる準備は整っている。危険度A+とSの差は絶望的なまでに開いているからだ。

 AランクはSランク冒険者であれば倒せる、いわば危険度が測・定・可・能・な相手だ。

 ところがSランクというのは、未だかつてSランク冒険者が完勝したことのない、良くて互角、悪ければ歯が立たない相手ということになる。

 それは古くから災厄級や神級と畏れられてきた魔物たちをひっくるめて仕方なくまとめられた、いわゆる手に終えない相手。

 当然ビレナ1人で俺たちのことを気にかけながら戦える相手ではない。そう考えていたが、ビレナはそうではないらしい。


「1分時間稼いでくれない?」

「1分?」


 この時すぐ逃げずに考えこんだ時点で、自分の中で何かが変わっていることに気がついた。一皮向けた男は自信がつくというのは本当らしい。


「30秒じゃダメか?」

「心許ないけど……ま、いっか」


 それだけ言うとビレナはその場で目を瞑った。


 ーー精神統一。


 高位の剣士などが持つスキル。魔力や気を溜め込み、その後の爆発力を生み出す技だ。角はもう出している。それだけでは足りない相手だったということだった。

 さて、のんびり眺めてる場合じゃないな。


「キュルケ!」

「きゅっ!」


 炎帝狼はその場を動いていないはずにも関わらずこちらへ致死の攻撃を加える。揺らいだ景色から突如現れた爪形の炎をキュルケがなんとか弾き返した。


「!?」


 あ、びっくりしてるわ。俺もびっくりした。とりあえずキュルケを呼んだは良いけど何とかなるとは思ってなかった。すごいなキュルケ。


「動いたか」


 先ほどまで狼の姿があった景色が一瞬ブレて消える。

 ほとんど何も考えず、前向きに転がり込んだ。 本能がそうしろと叫んだ気がしたからだ。


 直後、背後で地面が爆発したかと思うほどの轟音が響き渡り、衝撃波に乗って転がった勢いのまま前方へ吹き飛ばされる。


「グルゥアアアアアア」


 俺が吹き飛ばされたのを見てギルが尻尾を無闇やたら地面に叩きつけ始めた。

 そのどれもが俺程度なら即死級の威力だが、炎帝狼と思われる陽炎は難なくその猛攻を交わし、地面を蹴った。


「ギル! ブレスだ!」

「ガァア!」


 首を闇雲に振り回して火を吐く。身体が炎の炎帝狼には効かないように思えるが、炎に似た魔力のぶつかり合いなので効くには効く。

 アースドラゴンをベースにしているためブレスに岩石が含まれていることも幸いした。炎帝狼がひとまずギルを諦めて離れたのを確認する。


 ーー何秒経った?!


 ビレナはまだ動かない。

 一秒が長い。炎帝狼の身体がまたぶれた。


「あれはっ」


 姿は相変わらず見えないが、3方に何かが発射される。


「悪い! ギル!」


 それだけで意図が伝わったようで、ビレナを守るように羽で攻撃を防ぐ。


「グラルゥゥアアアアアアアア」


 激しい衝撃が生まれ、ギルが叫ぶ。

 ただ俺の方もそれどころではない。ヒーラーなしの状況で攻撃を喰らうわけには行かないので、無理やり背にしていた丘を飛び降りる。当然ながら全身が痛い。ただあの攻撃よりは遥かにましだ。

 キュルケの無事は確認していないが感覚でつながっているから生きていることだけはわかった。


「くそっ」


 転げ落ちて立つことのできない俺を見て、見えないゆらぎがこちらへ向かって霞んだのが見えた。

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