2649年12月2日18時30分 東叡國 「The fun is mine①」


 松野は鴨の天板焼ローストきをんでいた。


「美味い・・・美味しい・・・」

 良質な朒の食感、鼻から抜ける複雑だが心地よい香りに思わず笑みがこぼれる。


「うん、いい香りですね・・・ナツメグとローレル、でしょうか?」

「流石ですね松野さん、当たりです。その他は企業秘密でお願いしますね」

 料理人:立向居がニコリとほほ笑む。


「ええ・・・素晴らしい、本当に素晴らしいですよコレは・・・」

「お気に召したようでしたら、簡単なレシピを後でお教えしましょうか?」

「ほっ、本当ですか!有難うございます!」

「ははっ」


 思わぬ収穫に松野は瞬間、喜びを抑えがたかったが、他の客(櫻田や別所)の手前静かに台の下で拳を震わせたのであった。


「あっ松野さん、と仰いましたか。少し伺いたいのですが」

 向かいの席に座る櫻田という男が声をかける。

「なっなんでしょう?」

 松野は突然声をかけられたことに驚いてみせた。

 一方で内心、食事ぎしきを執り行うという目的を妨害されたことに怒りを抱いていた。


 ”不躾”な男:櫻田は、つかつかと松野のいるカウンター席までやってくるなり、

「いえ・・・貴方、外套コートを脱がれてはいかがでしょう?店内ここは十分暖かいですし」

 とのたまった。

(そういう君こそ、外套コートを着ているではないか)

 松野は不審がったものの、ここで憤りを発露するわけにもいかない。

 しかし外套コートを脱ぐ訳にもいかない。

 小男は物騒なものを腰に差したり、肩からぶら下げていることが発覚するのを必死に隠し通そうとする。


「ええ・・・まあ、最近悪寒がするもので」

(我ながら苦しい言い訳であるなぁ)

 松野はそういって再び席に座ろうとする。


「それは大変だ!確かここに白金カイロがあったはず・・・」

 櫻田はそう言うと右手を外套コートの中に入れた。


 その瞬間ッ―――――。


「フッ!!!」

 松野は左手で右腰に差していた銃剣を抜刀しながら足が床を滑るように前進、櫻田の頬に突きつける。


 同時に右手は外套コートの左内側に入れている。

 恐らく左肩から下げた12式自動拳銃に手をかけているのだろう。

 外套コートは内側から右手で押し出されているため、左後ろに向けて山のように盛り上がっている。


 そして彼の目の前にいる櫻田は、懐から出した回転拳銃を松野の胸部中央へ向けていた。

「おおっスゲェな・・・この間合い詰めてきますか?普通。」

 櫻田は刃を向けられているとは思えないほど冷静に、しかしやや興奮した面持ちで言葉を発した。


「いきなり銃を抜く方が普通ではないと思いますが」

 松野は怒気を込めながら応える。


「まぁまぁ・・・ちょっと試してみたくなっただけですよ。店に入った時から気になってたんで、つい熱くなっちまった。」

 櫻田はそう言うとゆっくりと拳銃を懐に入れる。

 その言葉を聞き、やや少し遅れて松野も剣を納める。


「終わりましたか?・・・」

 両人へカウンター越しに立向居が呼びかける。


「失礼しました!」

 二人は店の主人(立向居)へ一礼し席へ戻る。


(松野さん・・・貴方やはり只者ではありませんね。美幸みゆき君の存在に気付くとは・・・)

 立向居はそう思案しながら、右手人差し指と中指を交差させ調理を再開する。

 店の調理場の壁には装飾とおぼしき水玉状の模様が刻まれており、その真ん中と周囲にそれぞれ、いくつか穴が空いている。

 客から見れば、当世風とうせいふう意匠デザインに見えるが、それらの穴は全て隣の部屋につながっており、古城の銃眼のように機能する。


 すなわち、隣あった部屋から銃眼ごしに、立向居の”弟子”である沢村美幸が小銃を構え、店内を常に監視しているのである。

 これは、剛の者がつどう食事処ならではの”自衛策”のひとつ。

 そして先程立向居が行った、右手人差し指と中指を交差させる合図は”引き続き待機せよ”という符牒の一つであった。


 松野が外套コート越しに拳銃を向けていたのは、まさしく彼女が銃を構えている銃眼に対して警戒したためだったのだ。


(背後の敵である美幸君も場合によっては排除しようとしたのでしょう・・・

 いつも”起こり”を見せないように徹底させているんですけどねぇ・・・

 彼女の存在を気づかれたのは初めてです。

 順調に成長しているとはいえ、齢17で技量は未だ発展途上。

 さらなる特訓が必要ですねぇ・・・)


 立向居は鴨朒を咀嚼する松野をカウンター越しに見ながら、弟子に行わせる”鍛錬”の内容を考えていた。




 件の沢村美幸はすらりとした左足に重心を移し、壁越しに客ひとりひとりを監視し続けていた。

「なんでこっちに気付いてんの・・・あんな人いるって聞いてないよぉ・・・トホホ」

 師匠の立向居が恐らく厳しい試練を課してくることは想像にかたくない。

 超然料理人 立向居直人の弟子の受難はまだまだこれからである。




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