2634年某日 アルビオ連邦領海上 「ソマの左手⑨」

 「ソマ!ソマ!」

「ん・・・・・・君は・・・」

ソマの身体は床に横たえられていた。

四肢の末端に力が入らない。

まるで指先までタングステンになったような、そんな感覚だった。


「陸が見えてきたぞ!」

「野郎ばかりだと気が滅入るからな!」

足先の向こうから歓喜の声が伝わってくる。


「チェイタム、チェイタムだ!やはりデカいなぁ。流石わが國最大の港湾都市だ!」

その他大勢とともに騒いでいるのは、旧友のジョージ=プライスであった。


「アルビオに戻ってきたのか・・・・?」

「そうさ!俺たちは故郷ふるさとに帰ってきたんだ」


「ここは・・・復員船か?どうりで地面がカスタード・プディングみたいに波打ってるわけだ」

「ははは・・・鋭いなソマ。まぁ今の状況は笑えないけどな」

ジョージは、先程とは打って変わって苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「それはどういうことだ?俺も君も戦傷を負ったから國に戻されるわけだろう?身体は痛むが戦地あそこにいるよりは数倍マシなはず・・・」


「うん・・・まぁ言いにくいことだが・・・」

「もったいぶらずに教えてくれよ」


「ひとつはお前が國で戦争犯罪人として扱われるってことだ」

「えっ」


ソマは思わず吐いた息をグッとのみ込んだ。

「どういうことだ・・・・俺は防疫部隊にいたんだぞ・・・任務も薬剤をを散布するだけ・・・」

「その撒いてたもんがヤバかったのさ」


ジョージは細く、ゆっくりと話し始めた。

ソマ達がS16化学放射器を用いて散布していたのは、アルビオ連邦とヴェスプティア等連合諸國で共同開発された「オーダーメイド・チュニック」という化学兵器であったということ。


「オーダーメイド・チュニック」は特定の人種(エーステライヒ人)に作用するよう調整されたものであり、十分な量が体内に取り込まれると内分泌系を攪乱、不妊や腫瘍を生じる他、催奇形性もある。

最悪の場合、多臓器不全で死に至るというものであった。


これは、占領地のエーステライヒ人を緩やかに減少させ、連合諸國の人間を殖民していくことを志向するというおぞまましい試みの中で生まれたものであった。


「・・・・という訳で、お前は今 そんなヤバいものを撒き散らした一員として國に追われてるって訳だ」

「・・・俺をどうする気だ?」


「どうもしないさ。お前を政府クニの力の及ばねえようなところまで連れていく。復員兵はいくらでもいるし、まぁバレねぇだろ・・・。」

「どうしてそこまで・・・」


「俺が・・・そう俺は旧友ダチを突き出すような人間にはなりたくねぇから」

純真な心根を持つソマにとって、その一言は土壌に清水が吸い込まれるように染み渡った。


「あと・・・・もうひとつ・・・・」

「どうした?まだ何かあるのか?・・・」

ソマは未だ感動の余韻に浸っていた。


「お前アリシアちゃんって女の子と好きあってたんだよな?」


「・・・ああ、そうだよ・・・そういえば彼女は・・・・」


「亡くなったよ」








「えっ」



           落第中年 invisible game 

            次回 「復讐者 ソマ」

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