2634年某日 フルグ・エーステライヒ国境 アルグィン 「ソマの左手⑦」

 蛇=バンシィは右前腕で短剣を保持する。

拇指おやゆびで柄頭を押さえるような逆手の握り。


ソマもまた銃剣バヨネットを抜きながら、眼前の脅威に対して思案をめぐらせる。

(逆手持ちであれば、手首の可動域が狭まる・・・すなわちリーチが制限されるということ。わざわざ間合いの優位を潰してくれるとは有り難い・・・)


近接格闘を行う上で、互いの間合いは非常に重要な要素である。

数糎センチの差が主要臓器に傷を生じさせる結果に繋がりかねない。

戦士同士での刃物を用いた戦闘、ましてや相手が自身の数倍のリーチを持つとなれば慎重となることは至極当然なことであった。


そうした状況下で、刃を下に持つ逆手持ちは順手持ちに比べ刃先に力を入れ易いという利点があるものの、柔軟性を欠くことから倦厭けんえんする者が多い構えとされる。


「こちとら、士官学校でしごかれてきたんだ。いくらデカい奴が相手だからってビビったらアルビオ男児の名が廃るってもんよぉぉぉぉ」

ソマは悪童時代を思い出しながら、己を奮い立たせていた。


「ウォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

バンシィも雄叫びを挙げながら、目の前の小ビトに強烈な闘気を発する。


と同時に、逆手に握られた短剣がソマの頭上に振り下ろされる――――――。

(鉄槌ッ!!!!!!!!!)

短剣といえど、3メートル50センチを優に超える蛇が使用するものであるから、その重量と長さは70センチ・4キロ

これは中世のブロードソードと同程度のものである。


砂遊びに興じる子供のように、地面に向かって剣を刺していく。

ソマはそれを左右に躱しながら反撃の機会を伺う。


「なんて圧だッ」

思わずソマの身体は”ぐらついて”いく。

「ウオォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


バンシィの剣は急激に軌道を変え横薙ぎに入っていく。

あまりに鋭い剣戟――――――――。

刹那、ソマの銃剣は弾き飛ばされる。

しかし、彼は幸運にも転倒するところであったので、凶刃を受け入れることはなかった。


「フォチュニト・・・(天運・・・)」

バンシィはそう呟くと、短剣をゆっくりと鞘に収める。


「ハウルム ニアルゥ ビアク アスロイシヌェ フォチュニト(貴殿は生きろと定められている まさに天運によって)」

「バルク アル シャトー ケイレヴ ザンクレジィ アスダルイファ(嘗ての英霊 シャトー=ケイレヴのように)」

矢継ぎ早にそういった蛇の面持ちは、獲物に向けるそれではなく むしろ好敵手(幾太刀もの斬撃を凌いだ)に向けられるものであった。


「アルガティオ(感謝)」

ソマは、蛇と王様の一節から再度台詞を引用した。


ドゥゥン―――――――ッ!

安堵を裂く轟音。

バンシィの右胸部を25ミリの砲弾が貫く。

あまりの衝撃により、ソマは昏倒した。


「こちらマンティス1、近接航空支援CASを開始、弾着を確認。」

6つの機影が空を駆け、ソマ達の上をかすめていく。


Fー31セイレーンはヴェスプティアの最新鋭機(設計士はヘンリー・ホイットマン氏)であり、最高速度は時速約1,990キロ、最大離陸重量は29トン翼端部よくたんぶのランチャーも含めると兵器を懸架けんかするハードポイントは8箇所であった。

これは、同時期の戦闘機の中では群を抜いた性能で、ヴェスプティア本國でも量産に入ったばかりのものとなる。


これは現在進行形で跋扈する、東部戦線のエーステライヒ機甲軍と”蛇”に対する試験運用。

いわばバトルプルーフの集積の為配備されていた。


クロースカップルドデルタの翼が光を反射させながら、F-31が反転しソマの方へ向かってくる。


「こちらホーネット1・・・”蛇”は被弾しているものの、未だ戦闘状態を維持。マンティスと共に追加の対地支援を行う。」

「こちらヒューリック、了解。AGM(空対地誘導弾)を使ってみろ。奴さん吹っ飛ぶぞぉ」

「わかりました少将・・・レインフォール(25ミリ機関砲)と併用してみます」


搭乗員は頷きながら、操縦桿スティックを操作しボタンを押し下げる。

「ホーネット1・・・ライフルッ!」

「マンティス1了解・・・ライフルッ!」


ハードポイントから解放されたAGMにロケットモーターが点火、急激な加速。

画像及びSPS(衛星測位システム)誘導により、2発の誘導弾が飛翔し対象を捉える。


が、次の瞬間――――。

ホーネット1搭乗機のコクピットが火を噴いた。

「な・・・・何が」

マンティス1から驚愕の声が聞こえるも、哀れ数秒後に顔面を吹き飛ばされる。


「ブレイクッ!ブレイクッ!」

僚機から指示が飛び、それぞれの機体が赤外線誘導の対空誘導弾対策にフレアを放出する。


非常に遠間から3発続けての砲声―――――。

さらに一機のFー31が撃墜の憂き目に遭う・・・。


「なんて日だ・・・・」

ヴェスプティア軍の後方指揮所ではガン・ヒューリック少将が悲嘆に暮れていた。


◇◆◇――――――――――――――


F-31セイレーンが撃墜された場所から10キロの地点。

エーステライヒの対空陣地では、数人の陸軍士官が30ミリ対空砲を囲んでいた。

銃座に居座っているのは東洋風の容貌をした小男である。

一仕事終えた男は口元まで覆っている襟巻を上げなおした後、喉のあたりを軽くなでた。


「敵機、撃破3・・・撃破3!」

額から鼻ほどの直径を持つ拡大鏡を持った下士官が戦果報告を行う。


電探レーダーと連動していない対空砲で、亜音速の敵機を撃墜・・・しかも3機!彼は一体・・・・」

齢30ほどの士官が呟く。


「君はここに配属されて、まだ2日だったね。彼は、はるばる大八州連合王國ヤーパンから来てくれた軍事顧問の一人だよ」

「えっ大八州連合王國ヤーパンから?ではあの技術はヤマトダマシイ、という奴の賜物でしょうか・・・」


「さぁね・・・彼は”適切な練習”をして、料理なんかをして”リラックス”すれば誰でもできると言っていたが・・・」

魔人トイフェル・・・・」


士官たちは、”本日の撃墜王”を一瞥した後、そそくさとその場をあとにした。
























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