2634年某日 フルグ・エーステライヒ国境 アルグィン 「ソマの左手⑤」
一方、アルグィン宿営地――――。
ソマの部隊は、エーステライヒ領での任務を終え、営内に戻ってきていたところであった。
「こちらが奴らを押し返しても、すぐにまた迫ってくる・・・”蛇”なんて御伽話かよ・・・」
そうボヤくのは、占領地から戻る際”拾って”きた負傷兵の一人である。
「ルナスキアム君・・・東部戦線は酷い状況だと聞いたよ。よく奮戦してくれた・・・。
我々は君たちのような兵士や市民に僅かばかりの薬をつけてやることしか出来ない・・・まぁこれも何かの縁だ・・・ここで、ゆっくり休んでいくといい・・・」
「おお!ソマ少尉!ありがとうございます」
後ろから声をかけられた兵士は、小隊長であるソマにやおら敬礼をした。
彼のソレは右手の肘を負傷しているためか、脇は開き指先には力がなく不格好ではあったが、ソマはその姿に好感を覚えたのであった。
彼らの横で、衛生化学部隊の兵士たちは化学放射器に乳白色の薬剤を充填していた。
「最近、空気圧落ちてきてるんですよねぇ・・・あっここ
「交換時期かもな・・・
「そういや少尉の装備、ノズルの先端も溶けてきたもんな・・・」
「ああ、下っ端にはなんかがあったら声かけろっていうけど、あの人も大概”不調”きたしてるぜ」
「うん、間違いねぇや」
遠くで話す兵士たちを見ながら、ソマも自身の装備を点検しているのであった。
◇◆◇――――――――――――――
突然、分隊長が声を張り上げた。
「ソマ少尉!東部前線部隊が壊走したとのこと!エーステライヒ機甲部隊はほぼ無傷のまま向かってきてますよ!」
「それは本当か?こっちは後方要員ばかりで、まともな戦力はない・・・」
「しかし、我々だけ退くことはできまい」
「市民の退避は始まったばかりですからな」
「よし・・・やるぞ!避難する一団には一個小隊を張り付け、残りは拠点防衛に徹し、30分稼いだら後退する」
「了解ッ!」
小隊長ソマは決断を下し、自身が持つエンフィールド機関短銃の
20発弾倉3本をチェストリグに挿していく。銃剣と
「アリシア・・・」
ソマはコートのポケットから端の折れた写真を一枚取り出すと、チェストリグとジャケットの間(薄い装甲を挿入する部分)にそっと挟みこんだ。
(戦うのは不得手だが、仕様がない)
彼は指示を出すため、無線機を手に取る。
「分隊長!編成はどうなっ――――――」
轟音!そして、むせるような土の匂い・・・・
「おいおいおい・・・早すぎるだろ」
ソマのいる天幕を破り”蛇”が一体飛び込んでくる。
「ビヌアレァ・・・バイスィール バンシィ!(我がバンシィの名の下・・・貴様を楽園に還す!)」
ソレは小さく呟くと、
榴弾が至近に直撃したかのような衝撃―――――。
ソマは直前に身体を捻り一撃を回避していた。
狙ったわけではない、身体が偶然そのように動いただけ・・・。
それは技術ではなく、単純な幸運によるものだった。
呆気にとられる間もなく、”蛇”がこちらに視線を向けたことに恐怖しながらトリガーを引く。
パパパパパッと乾いた音と共に9
眼に埃がはいったように、ソレが瞼をこする。
(不味い・・・やはり噂通り・・・それ以上の耐久性!!)
やがて”目標”が粉微塵になっていないことを確認するや否や、背負っている機関砲を展開させた。
(30
砲口がこちらに向くと、ソマは死を覚悟した。
それと同時に、熱いものが胸を駆け巡ってくるのだった。
「グラビラスィ ウンドゥク・・・ヌルバリィテ ラル ソマ!(我がソマの名の下・・・グラビラスィの御前にて闘いを申し込む!)」
”蛇”の動きが止まる・・・。
ソマが
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