拾壱

 既に音を超えた矢(対艦誘導弾)が、図体ばかりデカい(ようにしか傍からは見えない)トロール船に黒煙を曳きながら迫る。


「電探に反応ッ!!官憲ども撃ってきましたよ!」

トロール船「9アース」の電探レーダー手の川上が唸りをあげる。

船と弾体との距離は、およそ10海里(約18.6キロメートル)。

海上戦闘においてはかなりの至近距離である。


「彼奴ら、これ幸いにと我らを滅する気であるなぁッ!これだから官憲は官憲なのだ」

そう発言したのは「9アース」副艦長:鮫島シエラである。

この船の艦長は形式上、教団の長たる教主:斎藤サイトウであった。

つまり、実質的な艦全体の運行・実務を取り仕切るのは彼の役目なのだ。


鮫島はこの「9アース」を命を懸けてでも守らねばならぬと考えていた。


そもそも「9アース」の役目は教団の貨物(各地のシンパから集めた現金など流動性の高い物品やネストで精製された薬物、教典、官憲との闘争に使用する軍需品など)を運搬、ネストに分配される前段階で一時的に貯蔵することであった。


その重要な任務を負っている鮫島であるから、「9アース」をここで拿捕される、それどころか撃沈されるということはあってはならないことであった。


ちなみに、聖師しょうにん:足利の職責はさらに重いものであった。

彼は教団の教えに反する者が艦内にいないか監視を行う政治将校といった役割ロールを果たす人間であるとともに、船で起きたことの一切の責任を負う名目上「9アース」の最高責任者であった。


所有権が教主に、責任を負う代わりに教団内で一定の発言力を持つ役割が聖師に、そして実務は中堅信徒らが行うという様子はまさに教団内のヒエラルキーを示している。


一見面倒な組織であるが、意外にも「9アース」においてはさしたる問題はこれまで起こっていなかった。


なぜなら、聖師しょうにん:足利は臆病・小心者ながらも責任者として教団内の役割ロールを果たそうと努力していたし、「餅は餅屋」として鮫島シエラなど艦内の作業従事者に役割を丸投げしていた(自身が門外漢であることを自覚し、己は責任者に徹していたとも言える)からだ。


常日頃から足利は

「以前は軍に世話になったこともあるが、私は私の肉体を酷使することがほとほと嫌になった。ただし、人にはそれぞれ課されたものがある。教団内で生きていくには役割ロールを全うしなければならない。

だから私は頭を使うものに志願した。肉体労働は君たちに任せる」

と言っていた。


事実、役割ロールを果たすという言葉通り、彼は責任者として航海中の食糧や武器の売買交渉や寄港地での布教などで一定の成果を上げている。




そうこうしている間にも脅威(2発の対艦誘導弾)が迫る。

官憲側の哨戒艦「さくら」以外の艦艇は「9アース」の追跡を続けてはいるものの、それ以上の行動には移っていない。


それは、「9アース」が大量の物資を積んでいる可能性があるためであった。

武器類のほか、売買した物品の帳簿、場合によっては教団内の機密文書も保管されているかもしれない。

それらを迂闊に燃やすわけにはいかないのであった。


ともあれ、哨戒艦「さくら」の乗員が短慮なために発射された対艦誘導弾(通称:ホ号弾)の弾頭は180キログラム

これは命中すれば「9アース」を撃沈はさせずとも航行不能にするのに十分な威力を発揮するはずであった。
















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