松野は、打ち斃した男の遺体からコートを剝ぎ取った。


それは先程の立ち回り、特に刃物の操法が明らかに軍属のものであったからだ。

それもこの國の一般兵卒が用いる基礎的な徒手格闘術を習得したのち、洗練された近接格闘についても鍛錬を積んだような動きであったのだ。


「こいつの身元について早急に確認せねばなるまい」

松野はそう呟くと、‘’戦利品‘’を物色し始めた。


コートのポケットには旅券・ドーラン(※1)、血に塗れた布切れ、それから数枚の写真が入っているのだった。


そのうちハンカチーフとも手拭いとも分からぬ布切れだけは、クシャクシャに丸められており持ち主が現場でどういう心境であったかをはっきりと物語っていた。

包装物の中には、いくつか硬い感触のするものがあった。


L字型の物体・・・それと円筒状のもの・・・


開封すると、まさしくそれは拳銃と減音器サプレッサーであった。

弾倉マガジンが3本。弾丸は計21発。


銃把グリップに双頭の鷲、現ロマノフ朝(※2)で生産されている小型拳銃フェドロフM1956。

そこらのゴロツキや反社勢力の構成員が所持するものとは違い、表面加工など仕上げも良い‘’純正品‘’のようだ。


「なかなかいいもの持ってるじゃないの・・・」

そう自分で茶化した松野ではあったが、内心焦りを感じていた。


半端者(例えば徒党を組んだアウトロー気取り)などであれば、‘’後処理‘’は容易だ。

場合によっては、反社同士の抗争で受傷したところを発見しただとか、武装した二人組に襲われたなどと官憲に申し出る気でさえあった。


だが、目の前に横たわるこいつは恐らくそれなりの規模を持つ組織の尖兵だ。


つづいて中にあった写真を見る。

狩谷睦夫(内務省長官)、佐々木宗弘(国防省政策参与)、佳乃・ルナスキアム・ディアナ(官僚・財務省事務次官)・・・

いずれも國家運営に携わる人物ばかりである。


特に佳乃・ルナスキアム・ディアナ女史は、先日外遊中に不慮の事故により亡くなったとの報道が流れたばかりであった。


この間、先の激闘より2分半。

言い知れぬ不安を憶えた松野であったが、男の襟元に付けられたエボナイト製の徽章バッジを確認するにあたり、その不安は現実のものとなった。


頂上の法輪に下向きの三叉の槍・・・

男は昨今、巷を騒がせるカルト教団‘’S‘’の人間だったのだ・・・


※1:化粧品の一種。軍隊においてフェイスペイントなどに用いられる場合がある。

※2:ロマノフ朝は作中世界において健在である。


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