ツワモノ

  蒼雲は、目の前の男”松野”が生存していることが信じられなかった。

 4つの銃身から放たれた60発以上の弾丸を、どうやって凌いだのか。


 そのうちに、みるみる大男の血の気が引いていく。

 顔面蒼白となり脂汗が吹き出すさまは、まるで火を灯してしばらく経った百目蝋燭ひゃくめろうそくを想起させる


 大男は左手に持った旅行鞄の取っ手を再度握りながら右に捻ると、鞄の側面が展開し鞄内部の全貌が明らかになった。


 先程銃撃の際に使用されたとおぼしき銃尾を外した自動小銃が4挺、そして左右に3挺づつ、計6挺の大小種類の異なる銃火器、細長い太さ10ミリ全長20センチほどの針、斧、刃渡り40センチはある山刀。

 旅行鞄としては大型であったが、ここまでの武器弾薬が収納されているとは、まさに武器のデパートである。


「ほぉ…」

 松野は異様な光景にも関わらず、感嘆の声をあげる。

「蘭楊、疾くここを去れ。」

「えっ?」

 女はそう言いながら、蒼雲の顔を覗き込む。

「おぬしの人払いのアルオが効かぬ上、これだけの道具で斃せぬ相手。”万が一に備え、おぬしが”教団”に仔細を伝えるのだ」

「嫌だよ…逃げるみたいじゃないか。このアタシが」

 蘭楊は小さく、途切れ途切れに声を絞り出す。


「はよぅせぬか!」

 蒼雲の一声に蘭楊が走り出す。


「あの…私は行きつけで食事をしたいだけなのです…通してはいただけませんか?」

 松野は、あいも変わらず蒼雲に向けて要求を続ける。


「ふんぬッ!化け物がッ」

 蒼雲が言うが早いか、白刃一閃。

「シュッ‼︎」


 <投擲ッ⁉︎>


 松野は大男の手から3本ほど得物が放たれたのを感じ取った。

 小男の身体が俊敏な動きを見せる。

 左斜めに身を躱し、投射物の接触を防ぎながら側転して蒼雲から距離を取ったのだ。


 外壁の合板ベニヤに刃が深々と突き刺さり貫通している。

 先程鞄に収納されていた針…というより棒手裏剣の類。

 まともに受けていれば致命傷は免れないだろう。


 目の前にいる中年男性が見た目から想像も出来ない動きをした事で、大男は刹那、呆気にとられた様子を見せた。

「”快刹カイサツ”で加速、質量を増したコレでも仕留められぬかッ!」


 蒼雲は狼狽の表情を見せるも、直ぐさま鞄から次なる凶器を取り出す。

 銃器のうち2挺、右手に半自動式散弾銃、左には短機関銃。


「はっブロウニングとスオミですか…ふぅ、いい趣味してますねぇ」

 松野は息を切らしながら、それらの銃器による弾幕を建物などの遮蔽物を利用しながら搔い潜る。


「致し方ない…動潤ッ!」

 大男が叫ぶと、男の肩の付け根(三角筋)や(僧帽筋)がコートごしに分かるほど膨らんでいく。

「なんだか、危なそうですね…」

 松野はそう言いながら呼吸を整えた。


 <次は山刀か...>


 暴漢は山刀をぬるりと鞄から抜くと、全力全身で振るってきた。


 抜きざま、大男から見て左から右の横薙ぎ、そして再度振りかぶって袈裟斬り。

 そこから幾太刀か小男へ攻勢を向ける。

 先端の速度、振り抜きにかかる膂力、共に申し分ない。


 しかし松野はその全てを凌ぎきった。

 上半身を軽く仰け反らせ、体勢を正常フラットに戻しながら後退する。

 齢45の小男は、左右の瞳孔を、放られた玩具を追うイエイヌのように絶えず動かし続ける。

「ハッ、フゥハッ..ハッ」

 呼吸が乱れぬよう、息を整える。


 何度か危うげな場面がありながらも、刃の先端を避け切った後、突如正面へと前進。

 松野は素早く大男の右小指と親指を、それぞれ己の左手親指と中指を沿わせて外側から掴むと手首を極め、対する男は思わず山刀を掌から零した。

 次の瞬間 山刀は松野の右手に持ち変えられ、下から上へ男の手首を斬った。


 さらに斬りあげたそれを伸びきった肘窩ちゅうか※<2>に向けて振り下ろす。

 大男が痛みを感じ顔を歪ませて、思わず凍えたように身体を丸める。


 男の頭が下がったところに右頸動脈への横薙ぎが入った。

 鮮やかな赤が吹き出し、周囲を染め上げていく。


 「見事なり…名を…」

 松野は問いに答えない。

 佇む小男と屍体が ひとつ。


 <死なずに済んだか...>


 松野は血だまりの中で、生の実感を噛み締めた。

 そう彼は闘争に打ち勝ったのだ。



 ※<1>...至近距離、直打法による投擲である

 ※<2>...肘の内側の窪み。

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