序:1955 佐世保防衛線 「inferno」

西暦1955年、佐世保。


「震えているのか?」

 鉄帽が横を向く。

「あぁ...大丈夫だ。こっちには褥彦がツイてる」

 隣の男は短くそう応えた。

 両方とも鼠色になった砂に塗れている。


「陛下は?」

「砕氷船により北へ向かわれるそうだ」

「エーステライヒ、シチリア王族と共に...ですか?」

「ああ...我々遅滞戦闘により陛下北進の猶予を稼がねばならぬ」

 後ろでは下士官達が話し込んでいる。


國體コクタイ!!」

 今度は羽付きの鉄帽が左右に揺れる。

「またかよ...日に何度もする事でもあるめぇに」

 先程の鉄帽はポツリと呟いた。


「世に三傑あり」


 幾千もの鉄帽が揺れる。

 そしてその唱和は地を小刻みに震わすほどだった。

「天津神、国津神、そして我らは藁をも掴み」


「我らは惑わず、民は屈せず、彼奴等は能わず勝機を失する」


「今我ら、不退転の覚悟でもって、練成されし金剛力を示さん。」


「國體...」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 彼方から155ミリ牽引砲の咆哮が響く。


「始まったか」


 ある一兵卒はそう呟くと、胸当チェストリグから弾倉を取り出した。

 連発銃に装填を行い、右側の槓桿チャージングハンドルを引く。

 敵機甲部隊があと数刻もすればやって来る。

 こちらは丘に身を隠しているため、相手の視線が通ることはないとはいえ、これから攻勢をかけるのだ。

 心臓の鼓動はやく、地面や装具に触れた部分から己の血潮が脈打つのを感じた。

 最も近くの味方までは20メートルほどある。

 微かに見える戦友の顔は、かなり強張っているようだ。


 すぅ、と長い息を吐いた。


 これまで幾多の戦線を渡り歩いてきた猛者であっても、引金に指をかけるまでの時間は普段の何倍にもなるのだった。


 長い時間、硬直していた。


 周りは森や崖が多く、男達の正面を敵部隊は通るはずなのだ。


 ー 今や味方は潰走。


 有力な機甲戦力はなく、部隊の主力は軽装歩兵である。

 火力として期待されるのは、もはや重迫や牽引砲を残すのみであり、後方部隊を護衛しながら撤退するのがやっとであった。

 本土に上陸されわずか2週間、まさかここまで押し込められるとは。

 そう、男達は敗軍の殿しんがりを務めているのである。


 やがて國軍は解体され、皿帝べいていの傀儡になる。

 そうすれば、自分はどう処されるのか。

 そんな思考を反芻するうち、履帯が地面を掴む音 ー



「糞...」

 男はまた悲嘆に暮れた。

 奴らが、姿を現わす。



 肉眼では豆粒ほどに見えるが、光学機器を覗くと その全貌が露わとなった。


 鈍色に光る車体、聳そそり立つ砲身。

 皿帝べいていの塹壕装甲車せんしゃS60、兵員輸送車S2の混成部隊が丘陵を越えてくる。

 60台以上の車輌が一箇所に殺到する。

 S60は6台一列になり、先鋒となって進んでくる。

 その後にS2が続いた。

 男達が潜む丘まで700メートルの所で、突如轟音が響き渡った。

 ここからは見えなかったが、味方の誰かが梱包爆薬を起爆したのだ。

 それが合図だった。

 爆破を喚び水として、一斉に射撃を始める。

 なけなしの弾を撃ち込む。

 10秒もせぬうちに弾倉が空になる。

 装甲車は潜望鏡や視察窓、特に車長のいる展望塔キューポラを集中して狙う。

 男の射撃によって左側2輌の動きが止まる。

 弾倉を脱着し、装填、槓桿を引く。

 弾倉がまた空になる。

 装填、槓桿を引く、装填、槓桿を...

 その動きを反復する。

 手持ちの弾倉は撃ち尽くした。


神霊アルオを奉じる者は動潤ドウジュンを展開せよ」

「応ッ!!」


 男の背後で各々異なる仮面を付けた者達が屹立した。

 その体躯、ことに上腕は水風船のように硬く膨れあがっていく。

 それぞれ帯びた尖杖を装甲車へ向ける。

「来る...来よるよ」

「褥彦様...天津神・国津神の皆々様、我らの勇姿をご照覧あれ!」


「穿刺!」

 仮面の者達が叫ぶと、こちらに向かっていた装甲車群の砲塔部前面が白熱する。

 次の瞬間には砲塔が3メートルほど吹き飛び、火柱があがる。


 敵装甲車のうち何輌かは、仮面の‘’力’’により大破したが、殆どの車輌はそのまま鉄の川となって押し寄せた。


「すわ、人猫か!呼惑が効いておらぬよ...あちらにも、人猫が居るッ!」

 仮面の一人が、しゃがれた声をひり出したが頸から血煙をあげ倒れる。


 遂に男達のいる丘を、装甲車が登りきる。


 塹壕装甲車は味方を挽き潰し、兵員輸送車が側面銃眼ガンポートから鉛を打ち付けた。

 仮面の者達は同じく仮面を付けた者達と剣戟を繰り広げている。


 男も弾を受け、倒れこむ。

 さらに耳をつんざくような轟音...。


(皿帝め...海妖セイレーンを出してきたか)


 F-31セイレーンは、皿國の新鋭機である。実際この時、両翼に250ポンド爆弾を4発ずつ積んだF-25ボガード22機と護衛としてセイレーン4機が、この丘陵に向かっていた。


(爆撃...俺たちは一時も稼ぐことなく逝くのか)

 ヒューヒューと息を吐き、男は静かに運命さだめを呪った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る