落第中年 invisible game (story of POT)

アボリジナルバタースコッチ

はじめに ~号哭 掛違いの人生~

 私がS氏とはじめて出会ったのは、九州高千穂峰に登山した折であった。

 彼は関東に居住していると言っていた。(それ以上住居については語ってくれなかった)

 常にやや微笑みをたたえた丸顔と小柄な体躯に似合わず無尽蔵とも思える体力を備えており、急峻な道もすいすいと登っていく。

 あまり口数の多い方ではなかった彼だが、数度登山道で顔を合わせると親しげに声をかけてくるようになった。

「なぜSさんは山に登るのですか?私は頂上からの眺望が好きだからですが」

 そう私が問いかけると、彼は急に真顔になって

「体力練成のために登っているんですよ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ変革えたいんですよ世界を」

 とだけ応えた。

 それからも交流は続き、メールでやり取りをした。

 集合場所を決めては山を登る。それだけではあるが、毎回彼は新しく考えた話や思想、身の上などを一方的に語ってきてくれた。

 学生時代から武道に関心があり、鍛錬に励んできたこと。

 近年の紛争を受けて、動画サイトで兵器の操作法などを学んでいるとのことだった。

 兵器の話を聞いていると、どうやら歩兵といわれる職種の兵士達が使用する対戦車ミサイルや無反動砲、自動小銃について関心を持って取り組んでいるようだ。


 どうやら彼は夢想家のようだった。

 話を聞くうちに、私は彼に対して私は浮世離れしたモノを感じ、彼の心の内をもっと知りたいと考えはじめていた。


 彼は号哭という言葉が好きなようだった。

「ごうこく、咽び泣くことですけどね。合格って単語と読みが一字違うだけなんですよね。私も大声出して感情を発露させたいんですが、中々出来ないじゃないですか。こんな世の中じゃ」


 私は彼の言っていることがよく分からなかったが、S氏が独特の、他の人間とは異なる感性を持っていることは理解していたし、彼自身もそれを誇っているようだった。

 そんなS氏と登山を通じた交流を続けて4年目の秋。

 彼からの連絡が突然途絶えた。

 その頃になると、彼は2日にいっぺんくらいのペースで私にメールを送ってきていた。

 それが1か月来ていない。

 流石に心配にはなったが、メール以外の連絡先を私は知らない。

 仕方なく私は普段通りの生活を送った。

 連絡がなくなり3か月経った、ある日。

 突然彼のアドレスからPDFファイル付のメールが何通も届いた。

 件名にはただ”号哭 掛違いの人生”とだけあり、本文もないメールに添付されたPDFはどうやら彼の考えた作品群や文章の羅列のようであった。

 怪文書とも思える内容であったが、私はとにかく彼が生きているであろうことに安堵した。

 そして興味深い内容だと感じた。返信をしてみたが、返信はない。

 それからさらに半年が経った。

 私はこの怪文書が世に埋もれるのは耐えられない、という想いを募らせるようになった。

 そこで、作品の内「落第中年」と「カムライティンに憧れて」など私のお気に入りについて、勝手ながら私の手で世に広めさせてもらおうと思う。

 それでは皆さんに、私の友人であり号哭ばかりの人生を送ってきた人物”S氏”の作品をご覧いただこう。








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