力が欲しいかと神が囁いてきたけれど、多分相手間違えてますよ

としぞう

力が欲しいかと神が囁いてきたけれど、多分相手間違えてますよ

『力が欲しいか……?』


 それは古来より使われる、ファンタジー作品ならば親しみの深いワードだ。

 何かしら苦境に瀕した主人公を救う転換点。きっかけ。物語の導入。


 それは時に神からのお告げであり、時に悪魔の囁きであり、主人公に秘められた何か特別な存在による喚起であったりする。

 なんであれ、それを選ぶことで目の前の敵を打ち払い、大切な者を助け出し、世界を救う権利というものを得るわけだ。


 文字通り、主人公の証ってやつだな。



 なんて話は所詮ファンタジーの中、フィクションでの話でしかない。

 現実においては滅多に主人公に目覚めるようなピンチに見舞われることなんかないし、もしあったとしても当然、力なんて湧いて降ってこない。

 それまでの人生で培ってきた経験や力で立ち向かうしかなく、その結果も――まぁ、そう突飛な形には着地しないだろう。



 そんなわけで、これまで長々と語ったことから俺が言いたいことはだ。

 もしも頭の中に「力が欲しいか……?」なんて聞こえてきたら、精神科の受診をおススメするぞってことだ。


 そう……だからさ。


『力が欲しいか……?』


 今は俺が受診すべきなんだよね。


 先ほどから延々と頭の中に、力が欲しいかがヘビーローテーションしてる。3周くらいで飽きちゃってるけど。

 最初は気のせい……というか、今の状況を鑑みての現実逃避かななんて思ったのだけれど、何度も何度も聞かされると、流石に怖くなってくる。


『力が欲しいか……?』


 ほら、まただ。

 もうずっとこれだ。何度聞くんだ。何回繰り返せば満足するんだ。


 これはあくまで俺の妄想だ、と理性が訴えてきている。当然俺は理性に全BETだ。

 妄想と会話を始めたらもう受診じゃ済まない。下手すりゃ入院だ。だから妄想であるこの声に反応することは間違っていると思う。


 けれど、流石に、もう、俺も色々限界だった。


「あのぉ!! それ聞く相手間違ってませんかねぇ!!?」


 いよいよ、おそらく50回近くは囁いてきたであろうその声に向かって、俺は腹の底から叫んだ。

 誰も来ない、部室棟最上階の隅に設置されたトイレの個室の中で。



 その日は朝から腹の調子が悪かった。

 もしかしたら前日の夜に食べたプリンが良くなかったのだろうか。賞味期限見てなかったからなぁ。


 なんて思っていた放課後――案の定、俺は腹痛に見舞われた。

 俺は一応部活に所属している。人数2人だけの零細部活だが、もう1人が突然用事が出来たとか言い出して帰ってしまったので、俺も帰るかぁと思った矢先のことだった。


 予断を許さない状況ではあったもののなんとか個室に駆け込み、用を足し……そして今に至る。

 何故俺は謎の声にうなされながら、それでもこの個室に居座り続けているのか――良い子のみんななら分かるよね!


 そう――“アレ”が無いのだ。


『力が欲しいか……?』

「だから聞く相手間違ってるって言ってんだろ、このドベチンがぁ!!」

『……ドベチン?』

「あ、反応した」


 脳内に響いてくる声が、ようやく『力が欲しいか』以外のことを返してきた。


「あの、聞く相手が違うと思うんですよ。その、力が欲しいかってのが……」

『っ! 欲しいか!? 力欲しいか!!? んもー、なら仕方ないなぁ……それなら我が――』

「だから聞く相手が違うって言ってんの! 俺が欲しいのは力よりも紙っ!」


 そう、紙。

 ここに存在せずに、いや存在しないからこそ俺を縛り付けているあん畜生である。

 このトイレ、殆ど利用されないからって紙が空になったまま補充をされていなかったらしい。用務員の野郎……!


 おかげで俺はここから出れずにいる。よりにもよって腹痛だったからね。腹痛の時に出るアレって、その、アレじゃん?

 もしも俺の出したアレが正常なアレだったら、ささっと隣の個室を見たり、掃除用具入れを見たりできたのだが、腹痛のアレの状態だと立った瞬間にポタっちゃうからさ……。


 そんな俺の心からの叫び、願いを受けて神は――


『な、ちょっ……おまっ、お前ェッ!!?』

「んだよ、うるさいなぁ!?」


 なぜか動揺したように叫び出した。

 うるさい。本当にうるさい。

 何がきついって脳内に直接呼びかけてくるから耳を塞いでも効果が無いってことなんだよ。


『神が欲しいって、いや、それ我が神だって知って言ってるのか!?』

「いや、知らねーよ……」


 妙に恥じらいを見せる声の主、自称神であるが、その声質は女性的でもあれば男性的でもあり、高くもあり低くもあるという、なんとも掴みどころのないもののため、恥らわれたところで反応しずらいというのが正直なところだ。

 というより欲しいのは神ではなく、紙だからね。ペーパー。


『と、とにかく、お前は力ではなく我が欲しいということだな? まったく、物好きなやつめ……』

「力も神様もいらないですから」

『いらない……だと……!? それはおかしい! 我はお前の力を求める声に反応して来たのだぞ!?』

「だから、別の人じゃないですか」

『うーん……』


 俺の塩対応に、困ったように唸る神様。

 いや、こっちはもう「いらない」と言っているのだから、さっさと頭の中から出ていってほしい。セールスを断ったのに玄関前で胡坐をかかれる、みたいなもんだからね、これ。


『あのさぁ、お前』

「なんすか」

『ちょっと思い出してみてくれ。何か、力を求めるようなことはなかった? この数刻の間に』

「いや、力を求めるようなことって……」


 と、言いつつ記憶を遡ってみる。するとたった一つだけ、力に関連する事項がヒットした。


「あの、十分くらい前なんですけど」

『求めた!? 力求めたっ!?』

「いや、なんていうかその……残尿感ってあるじゃないですか。それの大きい版みたいなアレなんですけど」

『アレ?』

「すみません、そこは自主規制で。いや、腹痛で完全に絞り出したって思った後に、いや、ちょっとだけ残ってるなってなって――いやぁ、ああいう時って中々出てきてくれないでしょ? だから、なんとか出してやろうと力んで――」

『力んだ……それだっ!!』

「いや絶対違うから」


 アレを出そうと力んだ程度で力を求めたなんて言われたら、ペットボトルの蓋が滑って中々開かないって時にも来てくれなきゃおかしい。


『いや、やっぱり力ってワードが入っているからさぁ。力って言われたら、あっ求めてるのかな? ってなるでしょ?』

「なんかWEB広告みたいな精度なんすね」


 エロいサイト見てないのに出てくるエロ広告みたい。しかもこの神様は主張の激しいので、タチが悪いタイプのエロ広告だ。ゲームの攻略サイトとかに出てくるやつ。


『まぁ……そのさ、せっかく我も来たんだし、せっかくなら力求めてみない? ほら、ものは試しで』

「初回無料みたいな勧誘やめてくれません?」

『大丈夫、基本対価は発生しないから!』

「はいはい、けれど一部課金アイテムがあるってオチね。今時そんなんに騙される人いないですよ」


 そもそも今欲しいのは力でなく紙だ。

 力だろうが神だろうが、くその役にも立たないんだから。


『ふむ……力があれば便座に嵌まった貴様の尻も抜くことができると思うぞ?』

「別に便器に嵌まってるわけじゃないからね!? いや、確かにずっと座り過ぎてちょっとフィットしちゃってる感はあるけども!」

『いやいや、力があれば大体のことは解決するぞ。神である私が保証しよう』

「じゃあ力があれば尻まで滴ったアレを消せるんですか?」

『それは…………うん、まっ、他になんか無い?』

「無理なんじゃねーか!! 知ってたけども!!」


 神、役立たずで確定。俺が役立たず相手に保証がどうこうと言わない心の広い男で助かったな。


「というわけで、さっさとお引き取りください」

『えー……でも我、力授けたいんだけど……』

「なんだよ、その欲求」

『いや、力を授けるなんてイベント滅多にないわけでさ。中々我を呼び寄せるほどの素質を持った人っていないんだよ? 誇っていいよ?』

「誇ろうにも状況が状況なんで」


 なんて、一向に引く気配を見せない神と、最早雑談のようなやり取りをしていると――なんだか外が騒がしくなってきた。


「ややっ?」

『お、人じゃないか? 力、欲しないか?』

「いや、人が来ただけで力欲したりはしないから」


 しかし、人が来てくれるのは、こんな力を押し付けて来ようとする神よりもよっぽど良いことだ。なんたって人は紙をくれるからな!


「オラッ、入れよ!」


 むむ。

 がつん、と扉が勢いよく開かれる音と、べしゃっと人が倒れる音が聞こえてきた。

 ちなみに先の凄んだ声は女子のものだ。ここ、男子トイレなんですけどね……。


「ギャハハ! こいつ男子トイレに倒れちゃって、汚ぇの!」

「う、うう……」

「おいおい、泣いてんじゃねぇーよー。持ってきたんだろ、10万円」


 あ、ヤバい。これイジメってやつだ。

 どうやら俺は奇しくもイジメの現場に遭遇してしまったらしい。それも金の話が出ている以上、恐喝混じりのタチの悪いパターンだ。


『おい、お前。何が起きてるんだ?』

「多分だけど、不良的な女に、女の子がイジメられてるんだと思う」


 神からの問いかけに、俺は外に漏れないよう小声で答える。


『助けた方がいいんじゃない……?』

「いや、助けられるならその方がいいけど、なんなら俺も助け求めてる状況だから」

『力、あげよっか?』

「だから……いや、それならイジメられてる子に上げればいいんじゃないか? 多分今彼女、力求めてると思うぞ」


 外は少々白熱しているようで、鞄の中身がトイレの床にバラまかれるような音と、女の子の泣き声、そして不良女らしき奴らの汚い笑い声が響いていた。嫌なことしやがる……!


「おい神様、役立たずは撤回するから、早く彼女を助けてやってくれ」

『なんか敬意足りなくない?』

「そんなの今はどうでもいいから」

『どうでも良いのかなぁ、我、一応神なんだけど……あっ、でも無理だよ』

「ワッツ」

『さっきも言ったでしょ。我に応えられる人って本当に珍しいんだよ。我も可哀想な少女を助けたいと思うけど彼女に力は授けられなそうで……』

「やっぱり役立たずかよ」


 撤回した役立たずがすぐさま帰ってきた。おかえり。

 さぁ、これで状況は最悪なまま固まってしまったぞ。


 外にはいじめっ子の不良――おそらく2人に、いじめられている女の子1人。

 個室の中にはケツ丸出しの男が1人、そんな男の脳内には役立たずの神様1人。いや、1匹?


「つーかよ、なんか臭くね?」


 と、ここで不良の1人がそんなことを呟いた。

 この状況で臭いといったら、間違いなく俺だ。いや、正確には俺の中から漏れ出たアレだ。漏らしてないけどね? ギリギリセーフだったけどね?


「臭ぇな、おい。まさかこの女……この状況にチビっちまったとかぁ!? ギャハハハハ!」


 あ、飛び火した。

 俺のアレがバッドスメルなせいで女の子に飛び火した。


『人間、何もしなくていいのか? 今お前のせいであの子は泣いているんだぞ』


 神がどこか責めるように言ってきた。


『人間には、てめえのケツはてめで拭えって言葉があるんだよね? あの子に吹っ掛けたままでいいの?』

「分かってる……」


 物理的にはケツを拭けない俺だけれど、いたいけな少女に風評被害を被せていいわけじゃない。

 自分のケツは自分で拭く――けれど、今の俺にできる唯一のことといえば……!


「臭いの原因は俺だぁ!!」


 そう、名乗り出ることだけだった。

 登場というのはインパクトが重要というのもあり、勢いよく戸を開けるというオプション付きだ。


「なっ……!?」


 押戸で誰かをぶっ飛ばす、なんて展開にはならなかったが、思わずといった様子で覗き込んできた不良女子と目が合った。

 いや、彼女の視線は俺の目ではなく、股の方に向いている。状況が状況なので貧しい農夫状態の股に。


「へ、変態だぁぁああっ!?」

「キャーッ!!!」


 しかし、貧しい農夫も時には不良を喰らうらしい。

 不良2人は乙女らしいピュアな反応と共に、走って逃げていった。あらまぁ、可愛らしいところもありますのね。


『ま、まさか力を手に入れないまま解決するなんて……!』


 むしろ力があったら何とかなったというわけでもないと思うけれど。

 

 とにかく不良が去り、トイレに再び静寂が戻った。これにて一件落着……してないね。


「あの、そこの人」

「……え?」

「すみませんが、紙的なものありませんか?」


 運が良いことにいじめられっ子ちゃんは扉の影で見えなかった。つまり、彼女からも俺は見えていないってことだ。

 俺の股についたチョメチョメは不良を追い払う程の破壊力を持っている。いじめられっ子ちゃんが見てしまえばタダでは済まなかったかもしれない。


 いじめられっ子ちゃんは実に優しい心の持ち主で、すぐに鞄からトイレットペーパーを1ロール取り出してくれた――って、トイレットペーパー!? なんでこんなもの持ち運んでるのこの子……?


 ちょっと悪いけれど、なんで彼女が不良から目を付けられてるのか、お兄さんなんとなく分かっちゃった気がするよ。


 とはいえ、紙は紙だ。それもトイレットペーパー。これにはトイレ君もにっこりだろう。紙詰まり、怖いもんね!

 念願の紙を手に入れた俺は、すぐさまアレを拭きとり、排水管の彼方へサヨウナラして、ようやく個室から解放されることになった。


『ついでに力、いる?』

「いらない」


 空気を読まず相変わらず力を与えようとしてくる神からの勧誘をすげなく受け流しつつ、俺はしっかりと石鹸で手を洗った後で、便所の床にバラまかれてしまったいじめられっ子ちゃんの鞄の中身を彼女と共に拾い集めた。

 ちなみにいじめられっ子ちゃんは美少女ちゃんだった。なんでもイジメられてる理由は、不良が好きだったイケメン君が美少女ちゃんに告白してきたことによる嫉妬らしい。


「あ、あの……助けていただいてありがとうございました!」

「いや、助けてもらったのはむしろ俺の方だから」

『いや、お礼は素直に受け取っておきなよ。ついでに力も』

「力はいらない」

「え……?」

「ああ、いや、こっちの話」


 神様よりも今は美少女ちゃんだ。ここで会ったのも何かの縁。彼女を助けたことにより、ラブロマンスに発展――は、無いか。きっかけ下ネタだし。


 というわけで、挨拶もそこそこに解散となった。当然連絡先の交換などは発生していない。


『勿体ないなぁ。あそこで連絡先聞かないなんて。もしかして草食系ってやつ? 力も欲しがらないし』

「力関係ねぇ」

『でもさ、力は有って困ることないでしょ』

「そう言われるとそんな気もするなぁ……」


 トイレから解放されたからか、改めて神様の提案を考えてみると……なんだか悪くない気がしてきた。


「ちなみにさ、その力を貰うことで何かその……過酷な運命に巻き込まれる、みたいな展開になったりするの? って、それは流石に無いか! 漫画の読みすぎかなー!?」

『………………』

「あれ、何その沈黙」

『え、いや、うん……まぁ、ね?』

「あ、その反応あるな。力を貰うことで過酷な運命に巻き込まれる展開あるな、これ」


 あっぶねぇぇええ!!

 危うく騙されるところだったぜっ!!

 俺は平凡な男子高校生! 過酷な運命なんかに巻き込まれたら力以前にメンタルが持たないっての!


「よし、決めた。力なんか絶対貰わない! 俺は平凡でいいんだ! ファンタジー展開なんて真っ平ごめんだっての!」

『あのさ、悪いんだけど……』

「あぁ?」

『我が来た時点で、もう巻き込まれちゃってるっていうか……』

「え?」


 神様の実に不穏な言葉の直後、目の前の曲がり角から、身長3メートル程の鬼が現れた。


「~~~~~ッ!!!?」

『で、力欲しい?』


 当然、俺に選択肢は無かった。


 この日を境に俺は過酷な運命に巻き込まれていき、多くの仲間を得て、多大なる名声を勝ち取ることになるのだが――力を手に入れたきっかけに関しては、決して誰にも明かすことは無かった。

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力が欲しいかと神が囁いてきたけれど、多分相手間違えてますよ としぞう @toshizone23

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