第65話 州警察 ①夜伽

 ビーチからホテルに引き上げてすぐカタリナからかかってきた電話で、マカレーナたちは『自警団』の壊滅を知った。


 フアンからの連絡はまだない。いつものことだ、とマカレーナは笑った。あわただしくて、それどころじゃないんだろう、と。

「ま、死んじゃーいないわ。あいつのことだからね」

 そう言って、ルームサービスの料理をかたはしからつまみ散らかした。隣りではナボが、さっきから何本も電話をかけて情報を集める合間にクラブサンドを口へ運んで、もう三つめになる。


 ふたりから離れて、ソファには顔に濡れタオルをのせたダニエリが横になっていた。タオルの下には陽に赤くやけた肌。膝を立てたダニエリの隣りで、アナマリーアが扇で風を送っている。

 ダニエリがダウンしたのは、カタリナとの電話が済んだ直後のことだった。夕涼みがてらレストランを探して皆で散歩に出ようとしたところでダニエリは、眩暈めまいを感じてふらふらとカーペットのうえに膝をついた。


 散歩は中止と即座に言いわたすマカレーナに、ダニエリは「平気、すぐ治るわ」と言ったが、立ち上がろうとする先からまた足がふらついた。

 意地を張って出かけると言うのを皆でなだめて横にならせ、夕食はルームサービスをとったのだった。




「スープだったら食べられる?」

 アナマリーアが持ってきたスープを、ソファに起き上がってひと口すすった。濾したコーンの甘さが心地いい。つづけてふた口、また飲んだ。

 その様子を見て、ガブリエルが笑顔で言う。

「よかった。食べられるんなら、きよくなるさ」

「なに呑気に言ってんのよ。ダニーがこんなになったのはだれのせいだと思ってんの?」

「ガビのせいじゃないわ」

 マカレーナが噛みつくのを、間髪入れずにダニエリが止める。

「ガビは、『そろそろ帰る?』って訊いたのよ。あたしが帰りたくないって言ったから、ずっと海のうえにいたんだもん。勝手にガビを悪者にしないで」


「そこを連れて帰るのが大人の分別ってもんじゃないの」

 マカレーナがきつい目でガブリエルを睨む。

「マカレーナ、ダニーだってもう子供じゃないよ」とアナマリーア。いつも彼女は、ダニエリの気持ちを代弁する。

「うちの妹なら、ずっと海に出てたって平気だったもんなあ」

「あんたの妹と一緒にしないで!」ぴしゃりとめつけるマカレーナ。


「あーもう、うるさくしないでったら! こんなのすぐ治るわよ」

 とうとう起き直ったダニエリに、マカレーナがにじり寄った。

「そーはいかないよ、ダニー」

「なによ」と、警戒するダニエリ。

「看病してあげる」

 にっこり笑うマカレーナにダニエリは、

「えー?」と心底迷惑そうに顔をしかめた。



  ***



 全力の抵抗もむなしく、ダニエリがマカレーナの寝室に連れ込まれたのはその二時間後。迷惑顔のダニエリを無理やりベッドに寝かせて、マカレーナは鼻唄を歌いながら用意した濡れタオルを顔にかけてやった。

「だいぶんよくなった? 顔色もいいね」

「だからそう言ってんじゃん。おおげさなのよ、もお」

 タオルの下から不平を鳴らしたダニエリの声は、だがまだすこし弱々しい。マカレーナはベッドのへりに腰かけ、ダニエリの黒髪をいたわるように手櫛を入れた。


「もう。こんなになるまで海んなかにいるなんてさ。そんなにガビがよかったの?」

 ダニエリはタオルに顔を隠したまま。

「まったくガビったら、ダニーを海のうえにずっと放っぽっといて。ちょっとは気ぃ配りなさいってのよ、ねえ」

 言いながらベッドに体をあずける。弾力あるマットレスが揺れ、ダニエリの顔から濡れタオルが落ちた。

「まあでも、あんたたち、お似合いかもね。ふたり海でじゃれあってるときなんて、ちょっとドラマみたいだったわ」

「……ちょっと、一緒に寝るつもり?看病するんじゃなかったの?」

 ダニエリはマカレーナに背を向け、落ちた濡れタオルを拾って額に当てた。

「いーじゃん、添い寝。同じ布団で寝よーよ、昔みたいにさ。……それよりガビのこと! あんたを泣かすようなら、あたしに言うのよ? 蹴っとばしてやるから。それにしたってあいつ、女ごころがまるっきりわかってないよね。デリカシーもないしさ。あんた苦労するわよ」


 返事がないのを気にもせず、いそいそとマカレーナはシーツのなかに体を辷りこませた。隣の様子を窺えば、ダニエリは黙ってそっぽを向いている。


 先に沈黙を破ったのはダニエリだった。

「……マカレーナ」

「なに?」

「ガビのこと、気に入ってるでしょ?」


「はァ?」

 一瞬を置いて、マカレーナの裏返った声。すぐに笑い飛ばして、

「じょーだんじゃないわ。あたし、あんな愚図はきらいよ」明るい声でダニエリの肩を叩いた。


 ダニエリはベッドのうえに起き上がった。はらりとタオルが落ちた下からあらわれた顔は、ひとつも笑っていない。

「ガビを好きにならないで。好きになったら、あんたとは絶交するから」

 真っすぐな目で見てくるダニエリだったが、マカレーナは余裕の笑顔で応じた。

「ちょっとちょっと。なにばか言ってんのよ。あたしがあんなの相手にすると思ってる? 夜の女王のマカレーナが? 見くびっちゃいけないわ」

「ううん、好きになる。だってマカレーナは気づいてるはずだもん、ガビのいいとこ。ガビを好きにならないで。あたし、あんたには勝てっこないわ」

「ばかな心配してるんじゃないわよ。あたしはあんな趣味じゃないし、あいつはダニーのこと大好きよ」


 マカレーナも起き上がって、ダニエリの頭をくしゃっと撫でた。ダニエリは気になっていたことを吐き出して胸のつかえが下りたのか、素直に受けた。

 だが心の底からマカレーナの言葉を信じたわけではなかった。それに勘づくことなくマカレーナはダニエリを胸に抱きよせた。


「懐かしいわー。出会ってすぐの頃はあんたよくあたしのベッドに入ってきたよね」

「いつの話してんのよ」

 マカレーナの胸に顔をうずめたまま、照れ隠しの邪険な声を出す。

「ほんのちょっと前じゃん。えーと……六年?」

「大昔よ」

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