第33話 魔法
正直戸惑っていた。
一日社長室でぼーっとしているだけ。
飲み物が欲しかったら秘書に言えば用意してくれる。
部屋を出るのはトイレに行くくらい。
秘書は最初冬莉がやっていたけど今は赤ちゃんの世話のため男の秘書を雇っていた。
「ナリは誰にでも優しいから女性はだめ」
冬莉はそう言って笑っていた。
僕はいま石原設計事務所の社長として勤務している。
本当はまだ就労許可が下りてなかったのだけど「ただいるだけでいいから」と冬莉が言うからやってみることにした。
本当に椅子に座っているだけだった。
仕事はやりての営業マンが……と、いうわけでもない。
江口グループ系列の工業系の会社からいくらでも受注していた。
当初あったぼろビルは解体され大きな自社ビルになっている。
2階全部を貸し切っていた企業を追い出して1階の飲食店だけを残して全部事務所と化していた。
無茶をするなぁ。
「退屈だったらゲームでもしていたらどうですか?」
秘書が言うけどさすがにそれは企業の社長としてどうなんだ?と思ったけどそういう企業の社長もいるらしい。
そんな石原設計事務所でも絶対のルール。
それは絶対に残業は認めないという事。
もし、残業をしないといけない事態になったら、それは営業が納期を確保できていないか、プロジェクトの人員と人選が間違っているかのどちらか。
そういうわけで仕事を受けたときに重点的に会議を重ねてチームを選抜していた。
そんな状況で社長が仕事に関与することは一切ない。
させたら大変だと秘書が止める。
書類に目を通してサインをするだけ。
接待等も必要ない。
「お宅が訪ねてくるべきでしょ!」
そんな風に秘書が怒鳴り返す。
それはそれで結構気が休まらないのだけど……
「ナリはまじめすぎるからそのくらいがいいの!」
冬莉がそう言うからたぶん間違いないのだろう。
「仕事の心配するより冬莉の機嫌を心配したほうがいいですよ」
冬莉の姉の天音さんの旦那さんの石原大地さんがそう言っていた。
嫁の機嫌一つで零細企業を蹂躙していく極悪企業。
目の前の仕事の心配よりも地元経済を心配しないといけない立場になったようだ。
結婚式は予定通りに行った。
嫁入り道具と称して家をプレゼントしてくれた。
さすがにうちの両親は驚いていたけど。
結婚式には有名タレントや各界の著名人が挨拶に来ていた。
ここ地元だぞ?
「片桐家の嫁をもらうということはそう言う事なのよ」
大地さんの母親の恵美さんがそう言っていた。
片桐家って一体どういう存在なんだろう。
その後新婚旅行に北海道に行って帰ってきてすぐ冬莉の妊娠が発覚していた。
女の子だった。
冬莉が「ナリが名前決めてあげて」というのですぐに思いついた。
奈莉。
「まじめに考えた?」
少し怒っていたけど結局それが採用された。
奈莉の様子はPCのディスプレイにライブ配信されている。
よく乳を飲むらしい。
冬莉に似て強い娘になるんだろうな。
もともとの会社の社長の消息は不明になった。
天音さん達の逆襲は会社をつぶすだけじゃ収まらなかった。
地元銀行の会長とも顔が利くらしい。
一方的に援助を打ち切られ、貸しはがしを食らったそうだ。
その際に会社の経費を使用に転用していたことが発覚していた。
税理士をやっていたのが冬莉の兄なのだから別に不思議なことではない。
会社の資産は天音さん達の手によって0に近い。
負債を一人で抱える事による。
保険会社も一切援助しなかった。
結果自己破産したらしいけどその先の事は天音さんからも聞いていない。
冬莉の話だと一家離散したそうだけど。
冬莉を怒らせると怖いという事だけはよくわかる話だった。
ナンコツの支社長が面会を求めてくるけど受付が門前払いをしているらしい。
理由は簡単。
地元4大企業に関係ない国内の企業はいくらでもある。
だけど例えば石油が必要な工場に石油コンビナートを経営している酒井プラントが拒否したら原材料が手に入らない。
そんな圧力をかけてナンコツから仕事を奪い取っていた。
他にも地元で調達できる材料の80%は酒井グループが独占している。
逆らえば福岡や熊本から調達するしかない。
江口グループは自動車の製造もしている。
そんな企業が地元から他社の自動車工場を叩き出せるならと喜んで圧力をかけていく。
半導体や液晶も例外じゃなかった。
今まで目をつけていなかったけど、半導体や液晶不足の昨今でその業界に進出するチャンスを逃すほど馬鹿じゃない。
今ある企業を潰して工場の敷地を乗っ取ってしまえという物騒な思考にはいる。
江口グループや酒井グループがその気になれば不可能ではない。
リチウム電池で稼働する潜水艦を保有する酒井グループがどうして半導体ぐらいを作れないと思った。
江口グループも酒井グループももはや国内に展開するナンコツグループを標的にしていた。
地元になくてもいいだろう。
現に台湾の大手半導体工場は熊本にあるのだから。
国内を2分する液晶工場の片方の株を買いあさり企業の乗っ取りをかける。
ナンコツを潰すためなら何でもやりかねない。
シェアを奪ってその分をうちがいただいていく。
「そろそろ支社の展開を考えたほうがいいかもしれませんね」
秘書がそんなことを言っていた。
地元では飽き足らずに国内から追い出すつもりでいるらしい。
俺はそんな話を笑いながら聞いていた。
「そろそろ定時ですよ」
秘書が言うと確かに定時に近くなっていた。
「お嬢様の成長楽しみなんでしょ?早く帰ってあげてください」
秘書がそう言って見送ってくれると俺は家に帰る。
「奈莉!裸で歩き回ったらダメ!!」
奈莉の元気な行動は冬莉もてこずっているらしい。
「パパ~」
「ただいま、奈莉」
そう言って奈莉を抱きかかえてやる。
「お帰りナリ。……その様子だとこれから大変だよ」
「どうして?」
「片桐家の娘は母親から父親を奪い取ろうと躍起になるの」
それを聞いて俺は笑っていた。
不思議そうにしている冬莉に言ってやる。
「つまり冬莉もお義父さんにそうしていたの?」
「……まあね」
少し恥ずかしそうに笑っている冬莉。
「その分だともう大丈夫みたいだね」
「違う意味で憂鬱だよ」
一日中机に座っているだけなんだから……。
「ナリは社長なんだから堂々としていればいいのに」
「今日秘書が言ってた。そろそろ支社作ったほうがいいって」
「それなら天音に相談したらいいよ。天音は”塵一つ残さねーからな!”て息巻いてたから」
……ご愁傷様。
夕飯を食べて奈莉を風呂に入れて寝かしつけると冬莉とくつろぐ。
ただの魔法使いだった俺がこんな幸せを手に入れていいのだろうか?
そんな悩みを冬莉に言うと冬莉は笑っていた。
「魔法使いだから魔法を使ったんでしょ?」
「魔法って?」
「全部魔法みたいだけど、初めての時覚えてる?」
飴玉を冬莉にあげたときの事。
あの時から時間が動き始めた。
それからも冬莉の事を考えて行動していた。
その結果が実を結んだだけ。
魔法使いだからってあきらめることはない。
誰にだって魔法は使える。
問題はその魔法をいつ使うかどうか。
そればかりは運や奇跡を信じるしかないのだろう。
「明日も仕事なんでしょ?そろそろ寝ようよ」
「冬莉は二人目欲しくないのか?」
「……プレゼントしてくれる?」
「男も高齢だと障害が残ることがあるって聞いたんだけど」
「そんな余計な知識はいらないの」
そう言っていつ間にか手に入れていた魔法の中に浸っていた。
30歳魔法使いが新卒の女の子に恋される話 和希 @kadupom
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