第32話 復讐
「それじゃ、行ってくるね」
「本当に俺行かなくていいのか?」
「今のナリに見せられるような事態にはならないと思うから」
そう言って仕事を休んで会社に向かう。
会社にはすでに3人ともそろっていた。
「遅れてごめん、ナリがついていくって聞かなくて」
「まじめな旦那さんなんだな」
天音がそう言って笑っていた。
会社は雑居ビルの一室にある。
天音は入り口に書いてある管理会社”江口不動産”の字を見てふっと笑った。
まあ、市内中の殆どの貸しビルは江口不動産が管理している。
会社に案内すると社長が私達を見て驚いていた。
「片桐さん、今日は仕事どうしたの?」
「主人の事で話があるので休暇をいただきました」
「宮成の事ならあきらめたほうがいいと言ったはずだけど」
「私が誰と結婚しようと社長には関係のない話です」
「……それで宮成の件とは?」
社長がそう言うと私は書類を出した。
「主人の病気は明らかに労災ですよね?にもかかわらず解雇宣告って納得いきません」
しかもただの解雇宣告じゃない。
会社都合だとハロワに求人が一定期間出せなくなるから自己都合で退職してくれと言われたらしい。
無茶苦茶だ。
「あいつの残業時間は法定時間内だから労災にはならない」
「ちゃんと見てください。主人は実際に残業した時間をメモしてました」
月150時間を超える残業が法定時間内だといえる根拠を教えて欲しい。
時間外労働の制限は月45時間。
そもそも実際に提出した残業時間ですら80時間を超えている。
これについて説明を求めた。
「あいつは作業時間内に遊んだりしていた。その分差っ引いたらちょうど時間になるはずだ」
「つまり実際に労働してない時間を差し引いたら法定時間になるといいたいんですか?」
「そうだ」
「それはおかしな話ですね」
私でも事務所で仕事をしていたから分かる。
この社長は労働時間内にスマホの新機種を買いに行ったり散髪に行ってた。
それはどう説明するのかと聞いてみた。
「私は残業しても残業手当がつかない」
管理職だから当たり前だ。
だけど管理職だから仕事をさぼっていいなんて理由にはならない。
そもそもナリが遊んでいたという話はない。
PCを使って作業する場合1定時間に数回はPCから離れて休憩しないといけないと決められている。
それすら「図面を見たり打ち合わせする時間もあるから基準には当てはまらない」とごねる企業もあるけど。
ナリは人づきあいが下手だからトイレにこもってスマホを触っているくらいだ。
パワハラも受けているナリの労働環境は最悪のものだった。
それを客先での出来事だからと大目に見ていたけど、もう遠慮する必要はない。
そっちがその気なら徹底的にやってやる。
しかし社長は誰を相手にしているのか分からず言いたい放題。
あいつはミスがおおい、接客態度が悪い、ちょっと重圧をかけたら病気になる。
1年程度で治ったとしてもまた再発したら会社の損失だ。
だからやめてもらう。
「それ、完全に会社都合ですよね?自己都合にする意味がさっぱり分からないのですが?」
天音の夫の大地が一言聞いていた。
「さっき言っただろ。求人を出せなくなる」
「人一人病気に追い込んでおいてその対応がそれですか?」
兄の空が言った。
お詫びの一言でもあるかと待っていたけど全くない。
これ以上話しても無駄だと思ったのだろう。
空が説明した。
「労務士の方からも話を粗方聞いています。あまりにも従業員にたいする対応が杜撰だ」
それはこの会社の税理を扱っていた空も再三忠告していたけど、無視していた。
こんな会社に関わってもろくなことはない。
今期限りでうちは手を引かせてもらうと告げる。
「勝手にしろ。税理士なんて他にいくらでもいる」
片桐家に対して一番言ってはいけないことをこの男は言った。
「そうか、他にいくらでもいるなら何してもいいんだな?」
天音が言う。
まずはナリの処遇だ。
明らかに労災だから天音が使ってる弁護士を使って労基に駆け込んでやる。
労基に行ったところで「告訴してくれないと動けない」と言われるのがオチ。
だから望み通り告訴してやる。
いっとくけど大地の会社の弁護士はゲーム会社や映画会社の法務部並みの実力を持つ。
毟れるだけ毟り取ってやるから覚悟しておけと天音が言う。
「脅しのつもりか」
「脅しですますはずがないだろ?こんなの序の口だ」
どうせぼろビルだから一度解体して立て直すことにする。
立ち退き料を払うけどこの会社の立ち退き料はナリの慰謝料に充てる。
新しいビルに入れると思うなよ。
お前の会社がどうしても入りたいなら他社の10倍はテナント料を払え。
嫌なら他のビルを当たれ。
どっちにしろさっきも言ったけど市内の雑居ビルはほとんどが江口不動産の管理だ。
受け入れてくれるオーナーがいるといいな。
「そんなことをしたら会社が倒産してしまう。従業員の人生も潰すつもりか?」
「お前が心配することじゃない。ちょうどうちのグループも機械設計会社くらいあってもいいと思ったくらいだ」
江口重工や江口自動車や酒井プラントなどがひしめく地元でお抱えの機械設計会社があっても仕事に困ることはないだろう。
ベテランの社員も欲しいしうちが引き受ける。
それとナンコツとやらも同罪だ。
4大企業が関与してない企業からも仕事を引き受けてるから潰すのは無理だろうが圧力はしっかりかけてやる。
例えば材料費のつり上げとか……。
「天音。新しい会社の社長はどうするの?」
私が聞くと天音は笑って答えた。
「宮成に任せておけばいいだろ」
社長が自ら仕事しないといけないような規模の会社にするつもりはない。
仮にそうだったとしても私が秘書になってサポートしてやればいい。
思いつめる性格の様だからちゃんと補佐してやれ。
そんな話をはじめると黙々と作業をしていた従業員もざわめき出す。
「皆さんは心配しなくていいですよ。こんなひどい企業で実績を残してるのだから、履歴書持ってきてくれたら採用しますよ」
大地がにこやかに語ると皆胸をなでおろしていた。
「ま、待ってくれ……私だって家族がいるんだ」
社長が言うと空が睨みつける。
「寝ぼけるな。人一人の人生台無しにしておいて自分の人生の面倒みてくれだと?ふざけてるとここで人生終わらせてやるぞ」
「空、ここ3階だ。突き落とすだけでいいだろ?」
大地が実弾使うといろいろ面倒なんだと天音がいう。
そういう問題なのだろうか?
「じゃ、お前と会うのは裁判所だろうけど首を洗って待ってろ」
空がそう言って私達は事務所を出た。
その足ですぐに労基に手続きを済ませに行った。
ビルの解体の手続きも速やかに行われた。
一回のラーメン屋さんはナリのお気に入りだから優遇して欲しいと天音に伝えた。
「そんなに美味いなら今度行っておかないとな!」
天音はそう言って笑っていた。
解体新築が住むころ新しい設計事務所の準備もしていた。
話を聞いていたナリは驚いていたけど。
まあ、普通の人ならそうだよね。
「だから皆片桐家の逆鱗に触れないようにするの」
私がそうナリに伝えていた。
敵と見なした企業には一切の手心を加えない企業群。
ナンコツや他社に発注していた企業のにもその攻撃の手を緩めなかった。
「貴社への発注はすべてキャンセルする」
県外にでもいけばいくらでも安い企業はあるから精々探せ。
「貴社の受注はすべてキャンセルする」
安いけど運送費のかかるコスパの悪い企業から買い取れ。
県知事の元に企業が頼み込みに行ったけど知事の楠木晴斗は「難しいことは春奈に任せるっす」と言い、春奈は「労働者の声に耳を傾けず、自分たちが都合が悪くなると頼みにくるなんて見苦しい」と言い捨てた。
結果他の似たような設計事務所も閉業を余儀なくされていた。
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