第31話 誓う
休職してから3か月目の事だった。
ナリの事はナンコツの誰もが知っていた。
私とナリが婚約状態の事も知っている。
だから不思議に思ったのだろう。
「冬莉はこれからどうするつもりなの?」
「いつも通りだよ?」
何もしないでいいって言ったのに自分だけ何もしないのを後ろめたく思っているのか家事をしっかりしてくれる。
私の下着を洗濯するのを躊躇っていたけど「夫に見られるくらいどうってことないから」と説得していた。
本当にしょうもないことで悩む旦那様だ。
料理の腕も上げている。
ゲームでもしたりして休んでと言ってるのにそうしようとしないのがナリ。
そんなことを話していたけどそうではないらしい。
「本当に宮成さんと結婚するの?」
彼女たちもうつというのを調べたらしい。
長いと何年も治らない病気。
そんな病人の世話をするつもりなのか?
彼女たちなりに私の事を心配していたのだろう。
だから私は笑って答えた。
「そのつもりだよ」
ナリは家でだらだらしてる人間じゃない。
家の事をやってくれる。
それが悪い事なのかはわからないけどこなしてくれる。
主夫という言葉がある。
私が稼いで家の事はナリに任せたらいい。
そんな風に思っていた。
「苦労するよ。子供の事は考えたの?」
「同じだよ。育休あるし貯えもあるから」
離乳するまでの間は私が面倒を見て、その後はナリに任せたらいい。
彼女たちが何と言おうと私はせっかくの婚姻相手を手放すつもりはないと言った。
だけどナリはそう思っていなかったらしい。
その日家に帰るとナリはテーブルの椅子に腰かけていた。
「ただいま~。どうしたの?」
「冬莉……話があるんだ」
ただ事じゃないのは私にも分かる。
着替えて荷物を置いてテーブルの席に着いた。
「俺たちやっぱり別れたほうがいいかも……」
さすがにその一言は衝撃だった。
だけど怒鳴りつけていい相手じゃない。
多分浮気とかそんな理由じゃないはずだ。
「何があったの?」
出来るだけ落ち着いて優しく聞いていた。
するとナリは順を追って説明してくれた。
毎月傷病手当というのをもらう為に会社に行く。
今日が3回目の日だった。
そしてナリが会社に行ったときに言われた言葉。
「悪いけど辞めてくれないか?」
理由もひどいものだった。
たった3か月でうつ病が治るはずがない。
それにそんなことを言ったらナリの症状が悪化するとは考えなかったのか?
考えなかったからこんなことを言ったのだろう。
「こんなに長引く病気をまた再発されたら会社としては損失だ」
従業員の事を何も考えてない冷淡な企業。
「片桐さんと婚約したそうだけど、破棄して実家に帰ったほうがいい」
私に苦労を掛けるだけだ。
普段のナリなら反論するだろうけど今のナリにそんな気力があるわけがない。
その後ずっと考えた末の結論らしい。
「これ以上冬莉に迷惑をかけられない」
ナリの判断だった。
そこまでひどい会社だとは思わなかった。
そういう事ならこっちも遠慮することはないだろう。
「ナリ。明日私休むよ」
「引っ越すのはまだあとでいいよ」
「そうじゃなくてナリと行きたいところあるから」
「……わかった」
翌日ナリを助手席に乗せて市役所に向かった。
必要なものは全部用意した。
愛莉や天音が知っているからすぐに準備できた。
ナリには分からなかったらしい。
ナリに運転はさせられない。
薬の効き目もあるけど、正常な判断が出来ていないナリにさせられない。
ナリは私について市役所の中を歩く。
そして私が書類をもらうと唖然としていた。
それは婚姻届け。
ここで説明するのもあれだから近くの喫茶店に入って説明した。
「冬莉、無理だ。俺は冬莉を養うことが出来ない」
ナリももう30過ぎ。
今と同じ業種には再就職できない。
業界は狭いからナリの事は知れ渡っているだろう。
それに今更未経験で就職できる職種なんてそんなにない。
それじゃ私を養えないとナリは言う。
「その件は私に任せて、いいアイデアがあるから。今は病気を治すことに専念して欲しい」
本当に気晴らしに遊んでるくらいでいいから。
女遊びはだめだよ。
そんな度胸ナリにあるわけがないけど。
「でも……」
「ナリは私に誓ってくれた。私を幸せにしてくれるって。だからそれでいい」
だから私も誓う。
ナリを幸せにして見せる。
だから誓うのでしょ?
健やかなるときも病めるときもって。
今がまさにその時なんじゃないのか?
もっと私を頼って欲しい。
私に甘えて欲しい。
「ごめん、本当にいいのか?」
「その確認の為に今日休んだ」
「……分かった。冬莉に甘えるよ」
なるべく早く病気を治す。
傷病手当だって無限にもらえるわけじゃない。
1年半という期限付きなのだから。
だけど私は首を振った。
「私がいくらでも働ける。それにその対策はちゃんと考えてある」
「どういうこと」
「ナリは何も考えなくていい。私に任せて欲しい」
「……分かった」
それと今度からは私が会社に行く。
ナリと直接交渉はさせない。
本当は最初からそうするべきだったと後悔していた。
医者もそう言っていたのだから。
今のナリの状態では精神的負担が大きすぎた。
だってこんなに動揺しているのだから。
「頼りない旦那でごめん」
「そんなナリが好きなんだから大丈夫」
それにナリが思っているよりナリの事を頼っている。
自分の事でさえ大変なのに私の愚痴を黙って聞いてくれてる。
それだけで私は嬉しい。
大丈夫、心配しないでいい。
その一言だけでナリを安心させることが出来ると書いていた。
その後必要書類を準備してナリと婚姻届けを提出した。
「これからは私の事ちゃんとお嫁だと思ってほしい」
「分かった。頼りない旦那だけど……」
「それは言わないって約束して」
ナリを責める為に結婚したわけじゃないんだから。
「幸せになろうね」
「そうだな」
そんな誓いの記念日。
今日から私は宮成冬莉になる。
その挨拶を両親にしていた。
ついでにナリの事も相談していた。
「そういう事なら早い方がいいね」
パパがそう言ってくれた。
「何か証拠になるようなものは残してないのかい?」
パパがナリに聞くと私が替わって答えた。
ナリは正規にだす労働時間とは別に裏で本当の残業時間をメモっている。
それは表計算ソフトに残してるのは知ってるから茜に頼まなくても私が持ち出すことが出来る。
聖翔テクノスには新入社員に無茶な残業時間をさせて残業手当を出さないという前科もある。
その結果正規の残業手当を出す代わりに基本給を下げて全体的に変えないという無茶をやってることも知っている。
それはたぶん天音に任せておけばいいだろう。
「それなら成之君は冬莉の言う通り静養することが大事だよ」
もう馬鹿な考えをおこしちゃいけない。
今は嫁という大事なものを背負っているんだ。
常に自分の事を案じる者がいることを忘れてはいけないとパパが言った。
「でも、俺この後復職どころか社会復帰できるかも不安で……」
「それは心配しなくてもいいよ」
パパも私のやろうとしていることが分かったのだろう。
「娘をよろしくね」
パパはそう言って笑っていた。
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