第12話 ぬくもり
今日で今の工場の仕事は全部終わる。
しかし次の仕事もまあ引き続き熊本だった。
俺の勤める聖翔テクノスははナンコツという設計会社の協力企業。
ナンコツの熊本事業所での仕事が次の仕事。
今の住所ではちょっと離れているのでまた引越し。
そんなに荷物を持ってきてるわけではないのですぐに引越しは終わる。
また石井先輩と一緒に暮らす。
今日は仕事が終わったら一度地元に帰れる。
その時に冬莉に会おうと思っていた。
俺が思ってた以上に冬莉に寂しい思いをさせていた。
冬莉の過去を考えたら遠距離というものに不安を覚える事くらい簡単なのに。
こういう時に魔法使いという職業が仇となる。
女性の心理がよく分からない。
とりあえず会って慰めてやろう。
引っ越すのは来週の月曜からなので荷物は朝車に積んでおいた。
一度家に戻るという手間を省くために。
しかしこういう日に限ってトラブルが起こる。
製造部門から不具合が届く。
ボルトの干渉。
ボルトを締める器具が入らない。
カバーの干渉。
一度に複数の問題が発生した。
組み立てが最終段階に入るとこういう事がよくあるらしい。
しかし期限は今日。
時間を考えたら定時に上がることは不可能だった。
皆が喫煙する時間を使ってトイレで冬莉に連絡する。
「ちょっと遅くなるかもしれない」
「……大丈夫、ナリの家で待ってる」
冬莉にとって待ちに待った日だ。
諦めるわけがない。
なら俺も最後まで諦めない。
必死に言われた部分の部品図を訂正する。
大がかりな改造だったので部品図の点数が増えた。
それが終ると部品図のバージョンアップ。
新規図面の登録。
そしてそれを上司にチェックをお願いする。
焦って違うミスを冒すわけには行かない。
はやる気持ちを抑えて慎重に一つずつ丁寧に修正していく。
部品図の修正が終ると、組図も当然修正になる。
組図の修正は斎藤さんがしていたけど、部品表などのリストの修正を任せられた。
作業は25時近くまで続いた。
その間小休止して冬莉に連絡を入れる。
やっと終わったのは26時だった。
「……明日、ゆっくり帰ってきたらいいよ」
無理に明るく振舞ってる事くらい俺にでも分かる。
「今日中に帰る」
そう言って電話を切る。
「今日は寝て明日朝一で帰った方がいいんじゃないのか?」
石井先輩はそういうけど冬莉の気持ちを考えたらそんなに待ってられない。
すぐに車を出すと地元へ向かって走る。
熊本を抜けて竹田に抜けた辺りでガソリンがあまり残ってない事に気がついた。
だけどこんな時間に空いてるSSがあるわけがない。
24時間空いてるセルフのスタンドすらない。
持ってくれ、頼む。
急げば燃料を無駄に食う。
だけど急いで帰りたい。
そんなジレンマと戦いながら俺は家に向かった。
犬飼を過ぎた辺りでSSを見つけた。
すぐに給油する。
時間はもうすぐ午前4時。
さすがに冬莉も寝ているかな?
給油が終ると再び急いで家に向かう。
ネズミ捕りがいたら即免許取り消しなスピードで急ぐ。
この時間の国道を走ってるのは長距離トラックやタクシーくらいだ。
もし徘徊老人が彷徨っていたら跳ね飛ばしていたかもしれない。
それでも冬莉に会いたい気持ちが、俺のリミッターを外していた。
冬莉に会いたい。
俺も冬莉と同じ気持ちだったのかもしれない。
これが人を好きになるという事なのか?
家に着くと鍵を開ける。
明かりはついたままだった。
自分の寝室に行くと冬莉は床に座ってベッドにもたれて眠っていた。
冬莉の寝顔を見て安堵した。
「冬莉。ごめん遅くなった」
そう言って冬莉を起こすと冬莉はぼんやりと目を開けてこっちを見る。
俺の姿を見ると冬莉はパチッと目を開ける。
「ナリ!!」
そう言って冬莉は俺に抱きついた。
俺も冬莉の背中にそっと腕を回す。
「お帰りナリ!夢じゃないよね?」
「ああ、本物だよ」
「私ずっと寂しかった」
「俺もだよ」
確かに感じる冬莉の温もり。
しかしそれを感じると急激に眠気が襲う。
俺は冬莉ごとベッドに倒れこむ。
「ナリ!?」
冬莉も俺が大胆な行動に出たと勘違いしたのだろう。
だけど嫌がる素振りは見せなかった。
「いいよ……」
そう言って目を閉じる冬莉。
そんな冬莉を目の前にして俺は眠っていた。
俺が目が覚めたのは昼前だった。
「おはよう、ナリ。荷物の着替え今洗濯してる」
ちゃんと毎日洗わないとダメだよ。と冬莉は笑って注意する。
昼ご飯は昨夜冬莉が作っておいたオムライスを食べた。
……あれ?
俺の分はともかくどうして冬莉の分が?
「冬莉。昨夜のご飯はどうしたんだ?」
「ナリと一緒に食べようと思って待っていたらこうなった」
そう言って笑っている。
冬莉の笑顔を見るのも久しぶりだな。
「午後から少し出かけるか?俺も眠れたし」
「家でゆっくりしよう?ナリが遅くなるって知らせたときにこうなると思ってレンタルDVD借りておいた」
その後冬莉が片付けるのを待って部屋でのんびりDVDを見ていた。
マグカップをもって、二人肩を寄せ合ってみていた。
フェレットは久々にゲージから解放してある。
久々に部屋を走り回っているだろう。
夕食くらいは外で食べる事にした。
家に戻るとフェレットをゲージに戻す。
部屋のどこにもいないから冬莉が慌ててる。
そんな冬莉を見て笑いながらソファーを軽く揺する。
するといつの間にか作ったソファの巣穴からフェレットが出てくる。
こいつは人のいない好きにソファの中を開拓する困った奴なんだと説明すると、冬莉は笑っていた。
「今日は帰らなくて大丈夫なのか?」
「愛莉には伝えてるから大丈夫」
2人交互にシャワーを浴びて寝室でテレビを見ていた。
無意識のうちに手を繋いでいた。
ふと冬莉を見ると冬莉は何かを強請るような表情で俺を見ている。
普通の男ならこのままラブシーンなんだろう。
だが俺は魔法使い。
そういう流れに持っていく方法を知らない。
「そ、そろそろ寝ようか」
「え……」
少し寂しそうな冬莉が目で訴えてくる。
しかし俺はこういう場面に備えて常に準備万端というわけではない。
「一緒に寝る……だけじゃダメかな?」
笑って誤魔化せ。
怒り出す事も覚悟していた。
でも冬莉は笑って許してくれた。
「私とナリはそういう仲なんだからちゃんと準備しておいて」
しかしアレを買いに行くのは魔法使いにとっては凄く難しい問題なんだ。
かと言って冬莉に買いに行かせるわけにも行かないし。
少しだけ進歩したこと。
それは冬莉と抱き合って眠っていた事。
この状態で冬莉にキスすら強要しない俺はもはや賢者じゃないのか?
日曜は映画を見てウィンドウショッピングをした。
最初の一人暮らしで足りないと思った物。
それは電子レンジ。
ポットさえあったら何とかなると思ったけど電子レンジもあったほうが食の範囲が広がる。
そう思ってホームセンターで電子レンジを買っておいた。
夕飯は寿司を食べる。
寿司を食べて家に帰ると冬莉は自分の車に乗って家に帰る。
「いつでもきて良いから」
「毎日通ってるよ」
ただ休日くらい休ませてあげたいという冬莉の配慮だったらしい。
でも、それは逆だと思う。
「冬莉が寂しい思いをしないで済むならその方が安心できる」
「それじゃ、毎週会いにきてもいい?」
「当たり前だろ」
「わかった。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って冬莉は帰っていった。
明日の朝も早く発たないといけない。
始業時間には熊本にいないといけないのだから。
「おやすみ。またね」
「おやすみなさい、ありがとう」
次の日の午前5時には再び熊本に向かう。
冬莉を好きだと思う気持ちに理由なんかない。
抱き締めた温もりは今もこの手に残っている。
冬莉となら永遠は叶うものだとまだ信じていた。
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