第13話 拒絶

新しい仕事について2週間が経った。

週末には地元に帰ってる。

家に帰ると冬莉が夕食を作って待っていてくれる。

冬莉も大変だろうから外食でいいと言うんだけど……。


「ナリはいつも外食だからバランス考えて」


と譲らなかった。

せめて片付けくらいはと手伝っている。

食器を拭きながら冬莉と色々話す。

と、言っても一週間の職場での出来事がほとんどなんだけど。

魔法使いだからこういう時女性と何を話せばいいか分からないんだ。


「ナリの話ならなんでもいいよ」


冬莉はそう言ってくれる。

週末は冬莉は泊まっていくんだけど何もなく終わる。

別に冬莉に興味が湧かないわけじゃない。

俺も男だ。

冬莉を抱きしめたくなる時だってある。

冬莉も嫌がるそぶりを見せない。

ただ、その先に行く方法を知らないんだ。

キスすらまだしてない。

本当に俺は賢者の域に達したんじゃないかと思うくらいだ。


「ナリって純情なんだね。いいよ、ナリに合わせるから」


冬莉の言葉に甘えてそうしている。


「お前まさか……」


高橋達には散々な言われようだったけど。

未だに冬莉の下着姿すら見れないのだから仕方ないか。

俺達が今やってる図面は太陽電池の製造装置。

使用する薬品を装置に送る配管を設計している。

決められたスペースとポンプから装置へ繋ぐ配管と、装置からタンクに廃液される配管。

当然規格通りのエルボやTエルボでは出来ない。

エルボ自体を改造する必要がある。

それを描いていく仕事。

でも、この作業は図面を作成する前に確認しておくことがある。

それは似たような部品が過去に使用されてないかを確認する作業。

その部品を流用できないか検討する作業。

部品図の図番は登録されたものは全て保存されている。

同じものと2枚描くなんて二度手間だ。

だったら流用できるなら流用した方が良い。

それは石井先輩の作業。

それだけじゃない。

石井先輩は装置のフレームやポンプやタンクの位置、フローシートに指示されたとおりの配管サイズを配置していく。

フローシートはデザインで線が折れていたりレジューサの位置が決められているわけじゃない。

線の折れている箇所はエルボを使うとかちゃんと意味がある。

複雑なパズルを石井先輩が組み立てていって必要な部品図を俺が描いていく。

部品図だけでなく今回は組図の作成もしている。

組図も基本平面、正面、側面の3つに分けられる。

もちろんちゃんと整合性が取れている物を描かなければならない。

隠れているはずの部分は破線で書いてく。

組図は間違いの無いように部品図をブロック化して組図に張り付ける方法を取る。

フレームから描いて、次にポンプやタンク・バルブ等を描いて、配管図を繋いでいく。

寸法に狂いがあったら当然ぴったり合わない。

その時はどれが間違えているのかチェックしていく。

どれか一つ間違えていても大事だ。

間違いが配管だとは限らない。

フレームに開けてあるポンプやタンクのボルト穴の位置を間違えている事もある。

描くのは一機だけじゃない。

幾つもの工程を組み合わせたものを全体組図として仕上げる。

間違えを見つけては修正して、また違う間違いを見つける果てしない作業。

ある日、一人の女性が入ってきた。

熊本の事業所は工場みたいなスペースにいくつか机と棚が並んでいるだけの殺風景な事務所。

まだ出来立てみたいだ。

さっきの女性は新しくナンコツに入ったジムの女性らしい。

三上晴美さんらしい。

まずは俺達がどんな作業をしているのか見学する。

そして三上さんがする仕事を所長が説明する。

定時になり俺達は仕事を止める。

仕事量の割には残業代をケチる会社だった。

始業時間は定刻を過ぎてはならない。

就業時間は定刻より5分後以降でなければならない。

1時間は残業手当てがつかない。

仕事量に見合った残業時間でなければ一人当たりの単価を見直す。

俺達の会社とナンコツの間では俺達は人間じゃない。

単なる商品にしか過ぎない。

つかえない商品に払う金はない。

設計業界ではよくある話だ。

それでも期限があるので普段は25時近くまで残業している。

今日は週末だから、地元に帰るから。

しかしそんな俺達を所長が呼び止めた。


「今日は三上さんの歓迎会するから残ってくれ」


よその会社の社員の歓迎会に残らなければならない理由を知りたいけど、石井先輩が「わかりました」と言った以上残るしかなかった。

店は国道沿いの焼き肉屋らしい。

俺は事務所を出ると冬莉に電話する。


「ごめん、今日帰れそうにない」

「珍しいね、週末に残業?」

「いや、新入社員の歓迎会に呼ばれて……」

「わかった、夜中に帰って来るなんて危ない真似しないでね」


飲んだら数時間はアルコールが分解されないらしい。

だから今日帰る事は出来ない。


「わかってる。今日は冬莉はどうする?」

「愛莉には泊っていくって言ってるから家借りてもいいかな」

「わかった」

「変な店いったらだめだよ」


せっかく手に入れた彼女を怒らせるような真似するわけがない。


「わかってるよ」

「じゃあ、また明日」

「ああ、昼過ぎには帰る」

「わかった」


電話を切ると店に向かう。

石井先輩の隣に座る。

反対側には三上さんが座っていた。

所長の挨拶が終ると乾杯をして食べ始める。


「君、名前は?」


三上さんに声をかけられた。


「宮成です」

「ふーん、いくつ?」

「今年で31歳です」

「うそっ!信じられない!?絶対20代だと思ってた」


三上さんは驚いた振りをする。

三上さんは俺より年上らしい。

2人の子供がいるシングルマザーらしい。


「ところで宮成さんはいける口?」

「まあ、嗜む程度には」


実際は飲み会以外では飲んだ事が無いんだけど。


「私の歓迎会なんだから遠慮なくいくからね」


そう言ってビールの注文をとる三上さん。

所長とかに挨拶しなくていいんだろうか。

あまり深く考えるだけ無駄だろう。

三上さんは結構な酒豪だった。

そんな三上さんに合わせていたらこっちがもたない。

結構酔っていると自覚していた。


「宮成は彼女いるの~?」

「いますよ」

「へえ、どんな子?」

「年下の可愛い女性です」

「へえ、宮成は年下が好みなの?」


そんなの選べるほどの身分じゃない。

俺は魔法使いだ。


「じゃ、女性を知らないんだ?」

「まったくわかんないです」

「じゃあ、教えてあげようか?」


え?


その時気付くべきだった。

三上さんも酔っていることに。


「年上と年下どっちが好みか選ばせてあげる」


そう言って三上さんの顔が俺に迫ってくる。

やばい!

三上さんが何をしようとしているか気づいた時俺は咄嗟に判断していた。

三上さんを突き飛ばす。

その瞬間場の空気が一気に冷え込んだ。

何が起こったか分からない様子の三上さん。

しかし状況を把握した三上さんが怒り出す。


「私帰ります!」


そう言って店を出る三上さん。

慌てて所長たちが追いかける。

俺は石井先輩に怒鳴られる。


「何やってるんだよ!」

「すいません、でも……」


ただの同僚からキスを迫られたら他にどうしようもない。


「キスくらいでオタオタする歳じゃないだろ!?」


こっちは一度もしたことないんだよ。

そんな話をしていると所長が戻ってきた。


「泣いて帰ってしまったよ。なんか白けたし場所帰るか」

「すいません、俺も随分酔ったみたいなんで帰ります」

「ああ、帰れ帰れ」


所長の機嫌はかなり悪いらしい。

逃げるように店を出て俺は代行を呼ぶ。

今日は家に帰って寝る事にした。

朝目が醒めると石井先輩も帰っていたようだ。

俺は石井先輩を起こさないようにそっと荷物をまとめて地元に帰った。

家に入ると冬莉が掃除をしていた。


「あ、お帰りなさい。……どうしたの?」


冬莉は俺の様子がおかしいのに気づいたらしい。


「ドジった」

「……とりあえず着替えて。私コーヒーいれてあげる」


俺は部屋に入ると気がえてダイニングに行く。

冬莉が二人分のコーヒーを入れてくれていた。

席に座ってコーヒーを飲む。

それを見た冬莉が話した。


「で、どんなヘマしたの?」

「危うくキスされそうになって突き飛ばした」

「え?」


冬莉の様子が変わった。

怒らせたかな。

何か適当に話を作るべきだったか。


「どうしたらそうなったの?」


冬莉は冷静に聞いて来るので詳細を話した。

冬莉は話を最後まで静かに聞いていた。


「なるほどね、それは石井先輩の言う通りかもしれないね」

「でも……」


冬莉ともしたことないんだぞ?


「ナリは誤解してるかもしれない」

「どういう事?」

「お酒の席とは言え、三上さんって人ナリの事本気だったかもしれない」


そんな女性を突然突飛ばしたら当然怒るでしょと冬莉は言う。


「でも俺は初めてのキスすらまだなんだ」


初めては冬莉としたい。


「そんなのナリが説明しないと分からないよ」


この歳でファーストキスもまだなんてのが不思議なんだから。


「……俺はどうすればいいと思う?」

「そうだなぁ……今しちゃう?」


へ?


「ファーストキス。そしたらもうオタオタする事無いでしょ?」

「その考えもどうかと思うんだけど」


冬莉以外の女性とキスするつもりなんて今はないぞ。


「じゃあ、結局同じじゃん」

「まあ、そうだね」

「お酒も入ってたんでしょ?言い訳にしてごめんなさいって謝ればいいよ」

「そうだな」

「来週には地元に戻ってこれるんでしょ?」

「一応今のところ次の予定はない」

「もう少しの辛抱だから頑張って」


辛かったらいつでも電話して。

冬莉が慰めてくれるらしい。


「じゃ、気晴らしにドライブでもいかない?今日は天気もいいし」

「そうだな」

「やった。久々のデートだね」


はしゃいでいる冬莉を見て元気が湧いてきた。

月曜に謝ればいい。

そう思っていた。

甘かった。

月曜日、出社すると三上さんの姿はいなかった。

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