第11話 禁句

「お疲れ様でした」


そう言って会社をです。

車で家に向かって帰る。

夕飯を食べていると、愛莉が聞いてきた。


「成之さん今日も遅いの?」

「そうみたい」


全く連絡してこない。


「大変ね……」


愛莉はそれ以上聞いてこなかった。

きっと愛莉なりに私の心配をしているんだと思う。

元カレとの話はしていたから。

距離の分だけ心も離れてしまう。

むしろ冬吾と瞳子が特殊なんだと思っていた。

寂しさと不安が襲う。

それを紛らわそうとして他の相手を求めてしまい、抜け出せなくなってしまう。

でもナリに限ってそれは無いと思っていた。

ナリの仕事は深夜遅いと聞いていた。

だからこっちから連絡するのを躊躇っていた。

それでも朝に気がついたらナリからちゃんとメッセージが残っている。


「お疲れ様」


私も返事をしていいのだろうか?

でも朝くらいゆっくる寝させてあげたい。

だから、ナリのメッセージを待っていた。

大体8時前くらいに「おはよう」と入ってくる。

私も「おはよう、体に気を付けて、無理しないでね」と送る。

すぐに「ありがとう」と返ってくる。

ナリは元気みたいだ。

よかった。

週末は地元に戻ってくるようだけど、会いたいとは伝えなかった。

ゆっくり休ませてやりたいから。

ナリの家には毎日通ってる。

フェレットの世話を任せられていたから。

フェレットと遊んだりして時間を潰していた。

週末は帰ると聞いていたので好物のかき揚を作ってテーブルの上に置いておいた。


「ありがとう、美味しかった」


そんなメッセージが来るだけで十分だった。

たった一ヶ月の辛抱だ。

戻ってきたらナリに思いっきり甘えよう。

そう決めていた。

ナリは初めてだからと怖がっていたけど、恐怖を取り除いてやるのも私の役目なのだろう。

布団とナリの幻を抱いて眠る毎日。

きっと寂しいのは私だけじゃないはず。

だからあの日思い切って伝えてくれたのだろう。

私にスペアキーを渡してくれたのもその証だと信じていた。

離れ離れになって、初めて知るナリの優しさ。

あの時とは違う。

どんなに遠く離れていても私達の心は一緒だと思っている。

いつも私を見守ってくれている。

ナリは調理器具等は一切用意してなかった。

すぐに偏った食事をするナリが心配だった。

ナリが返ってくるまであと1週間になった。

あとたった1週間の辛抱だ。

毎日メッセージをくれる。

楽しみにしていた。

だけどある日絶望が襲う。


「別件の仕事が入ってそっちに移動になった」


え?


「まだ当分地元には帰れそうにない」


嘘でしょ?


「ひょっとしたら熊本に定住かもしれない」


そんなの嫌だ。

スマホを握りしめて私は泣いていた。

また運命の神様は私達を引き裂こうとするの?

私には一生幸せが訪れないというの?

その日私は仕事でミスを重ねていた。

注意をされるけど上の空。

ナリの事ばかり考えていた。

それでもしっかり仕事を終わらせて家に帰る。

落ち込んでいる私を愛莉や瞳子は静かに見守っていた。

風呂に入って部屋で寛いでいると瞳子が部屋に来た。


「何かあった?」


私は瞳子に洗いざらい話をした。

私の不安を瞳子にぶつけた。

瞳子は静かに言う。


「それは私に言う言葉じゃない」


ナリにぶつける言葉だ。

寂しいとちゃんと言うべきだ。

それはナリが私が平気だと思っているからじゃない。

きっと大丈夫なのか心配してる。

だから自分の気持ちを素直に伝えないとダメ。

そしたら後はナリが何か考えてくれる。

本音をちゃんと言える仲でないといけない。

瞳子の言う言葉はきっと真実だろう。

だって瞳子と冬吾はもっと離れていてもちゃんと繋がっていたのだから。

私は躊躇った。

私の一言がナリを追い込むんじゃないか?

私が重い女だと思われないか?

考えたけどこのまま不安を抱えて生きていたらまた疲れてしまう。

そう思ったからちゃんと伝えた。


「会いたい」


ごめんね。

遊んでるわけじゃない事くらい分かってる。

でも、どうしようもないの。

とにかく会いたくて、ナリの声が聞きたくて。

私は寂しいの。

ナリの負担になりたくないからと遠慮してたけど、この一言に私の全てを託した。

反応はすぐに返って来た。


メッセージを着信する。


「今電話できる?」

「大丈夫」


そう返すとすぐに電話がかかってきた。


「今どこにいるの?」

「コンビニの駐車場」


帰る途中に夜食を買って帰るつもりだったらしい。

時刻は24時半を過ぎていた。


「ごめんなさい」


私は泣きながら謝っていた。

ナリが大変なのは知っているのに。

ナリを困らせるだけの禁句のはずなのに。

我慢が出来なかった。


「大丈夫、やっぱり週末冬莉に会いにいくよ」


そんなに長い時間いっしょにいられないけど。


「大丈夫なの?」

「俺は平気……じゃないかもね」


え?


「中途半端に会うと余計に寂しい思いをさせるんじゃないか?」


ナリもまた寂しい思いをするんじゃないか?

だけどそんな事を考えていてもしょうがない。

今、私が寂しい思いをしているのならそれを解消してやりたい。

ナリの優しさが心に滲む。

私はナリを好きになってよかった。

こんなにも優しい人なんだ。

金曜の夜には家に帰るから、家で待っていて欲しい。

ナリがそう言うと、私は「分かった」と伝えた。


「本当にごめんね」

「私こそごめん」


ナリに迷惑をかけてる。


「そんな事無いよ。そんなに俺の事を想ってくれてるなんて思いもしなかった」


そんな人いるわけないと思っていたらしい。

だけどナリは自分が思っているほど悪い人じゃない。

自分に自信が無いだけだ。

自信過剰な人は嫌いだけど。

そんなナリに自信をつけてやるのも私の役目なんだろう。


「何食べたい?久々だし何か作ってあげる」

「じゃあ、オムライス」


コンビニや飲食店で食べているとご飯物が食べたくなるらしい。


「わかった。準備して待ってる」

「それじゃ、また明日ね。……あ、そうだ」

「どうしたの?」

「朝何時ごろなら空いてる?」

「7時半くらいなら大丈夫」

「……その時間に電話してもいいかな?」


大丈夫なの?

深夜まで働いているのに朝くらいゆっくりしないと。


「初めての彼女だから大切にしたい」


いつも7時には起きてるから2度ねするよりはましだとナリは言った。

それなら……。


「私が起こしてあげる」

「あ、それもいいかもね」


ただ、一緒に住んでる石井先輩の事もあるから電話しづらかっただけ。


「じゃあ、お言葉に甘えて7時に起こしてもらおうかな?」


今まで目覚まし無しで起きていたらしい。

ただ、シャワーとか身支度があるから電話は7時半でお願いと言った。

私は7時にメッセージを送って、準備が終わったナリの電話を待つだけ。


「わかった」

「また何かあったら言って。頼りにならないかもしれないけど」

「そんなことない」

「……それじゃおやすみ」


そう言って電話は切れた。

私もベッドに入る。

ナリはナリなんだ。

あの人とは違う。

振り向いたらいつもそこにナリがいてくれる気がする。

いつも私を見守っていてくれる。

私は優しいナリの幻に包まれながら眠りについた。

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