第7話 決別

「着いたよ」


俺は冬莉にメッセージを送っていた。


「すぐ出る」


冬莉からメッセージが返ってきた。

俺は今冬莉の家の前に車を止めている。

冬莉が仕度を終えて家から出てくるのを待っていた。

出て来たのは冬莉だけじゃなかった。


「おはようございます。娘がお世話になります」


どうやら冬莉の両親みたいだ。

父親の方は俺をじっと見て何か考えている。


「……ねえ、愛莉」

「どうしました?冬夜さん」

「こういう時、娘の親としてはどう対応するべきなんだろう?」


どういう意味だ?


「誠が言ってたんだ。『娘に手を出したらただじゃおかねーぞ』くらいは言うべきだって……」

「誠君の言う事を真に受けてはいけません。それに冬夜さんだって天音や茜を送り出したのだからいい加減慣れて下さいな」

「愛莉の父さんはどうだったの?」

「……パパさんの通りでいいんですね?」

「まあ、それが最善なら」

「りえちゃんから聞いたんだけど、私の思い出話をしながら夜にお酒を飲んでいたそうですよ」


だから私がお相手しますと冬莉の母親が言っていた。

冬莉の父親はそれで納得したようだ。


「じゃあ、今夜は愛莉とゆっくりするかな」

「はい、ぜひ」

「じゃあ、愛莉行ってくるね」


助手席に乗った冬莉が冬莉の母親に言った。

ああ、愛莉って母親の事だったのか。


「気を付けてね。えーと……」

「あ、私の勤め先の先輩のナリ……宮成成之さん」

「宮成さん、娘をよろしくお願いしますね」


冬莉の母親はそう言ってにこりと笑う。

冬莉の母親とは思えないくらい若く見える。

冬莉の父親は何も言わずに俺を見て、そして笑顔になった。

よく分からないまま俺達は出発した。

時間的にもまだ空いてる。

夕食を誘ったはずが一日遊んで家に泊っていくというプランに切り替わっていた。


「ごめんね、どうしても愛莉達がナリに会っておきたいっていうから」

「それはいいよ。愛莉ってお母さんの事だったんだね」

「うん、片桐家ではお母さんと言わずになぜか愛莉っていうの」


ちなみに父親はパパなんだそうだ。

それにしても、まるで恋人を見るような光景だったけど思い過ごしだろうか?


「冬莉、親には俺の事なんて言ってるんだ?」

「さっき言ったじゃない。会社の先輩って」


そうだったな。


「恋人って言った方がよかった?」


え!?


「……冗談だよ。今はね」


後半は聞かなかったことにしよう。


「ねえ、ナリ。ナリはどうしてこの車を選んだの?」

「大きい方が便利だと思ったから」


友達を乗せる事もあるし。

狭い道を走る時に苦労するけど。

江崎に運転させたときに路上にはみ出てる木の枝に構わずスピードを出されてイラっとしたけど。

砂利の駐車場でサイドブレーキ引いてドリフト始めた時には殺意が湧いたけど。


「ナリにも友達いるんだ」

「まあ、そんなにいないけどね」


学生時代の友達とは何となく合わなくなって音信不通になった。

高橋と江崎は就職先で知り合った友達だと冬莉に説明した。


「冬莉にだって友達いるんだろ?」


大事にしておいた方が良い。

連絡くらいは入れた方が良い。

絆なんてあっという間に切れてしまうから。


「そうだね……」


冬莉が沈んでしまった。

触れてはいけないことに触れてしまったのだろうか。


「ごめん」

「……それナリの悪い癖。悪いことしてないのに謝る必要ない」

「そうだねごめ……」

「愛莉はパパがそうやって何度も謝ろうとした時に自分の口でパパの口を塞いだんだって」


そう言って冬莉が笑っている。

そんなファーストキスは流石に嫌だぞ。

今日はいい天気で車も快適に進む。

こんなに快適だと如何にもな車が強引に左側から追い越しをかけたりする。

どんなにあがいても車の性能差は覆せないし、ここから先は別府だ。

信号だってある。

無茶はしなかった。

情けない男だと思われるかもしれないけど。


「ナリの運転ってパパそっくり」

「どういう事?」

「周りの状況を把握して流れに任せて走るだけ」

「やっぱり退屈?」

「……ナリは私の事大切に思ってくれてるんだなって」


正しい判断だったようだ。

そのまま杵築を越えて10号線を北上してから豊後高田に向かう。

車が大きいから駐車が大変だけど、もう流石に慣れた。

車を停めると、街の中を散策する。

昭和の町と銘打たれた商店街。

そのうち平成の町もできるんだろうか?

想像してみたけどあまり風情のある物には思えなかった。

小さな迷路があったりカブトムシを売っていたり、博物館みたいなものもあった。

古いテレビを見て、使い方の分からない玩具を見て回った。

お土産も高橋達に買っておくか。

納豆でいいかな。

昼食を食べてから出発する。


「海沿いを回りたい」


冬莉の希望で帰りは国東半島を半周する。

途中空港を抜ける。

どうせ冬莉は泊まりだと言ってたから高速で急いで帰る事も無いだろう。

下道をのんびり帰る。

夕方頃になると別府が混みだす

退屈はしなかった。

冬莉と色々話をしていたから。

聞きたい事はあったんだけど聞いちゃいけないような気がする言葉。


「付き合ってる人とかいないの?」


いるのにあんな所に行くわけないと思ったけど、何となく気になる。

前にそれを聞いて「セクハラです」と言ってたから聞かないようにしてた。

地元に戻るとどこかで夕食を食べる。

あとは家に帰るだけだと思った。


「行きたいところがあるんだけど」


冬莉が言い出した。


「あの……」

「ナリが思ってるようなところじゃない。ナリの家に泊るんだから必要ないでしょ?」


まあ、それもそうか。

って家でならいいのか!?

言っとくけど俺は魔法使いだ。

さっぱり経験が無い。

経験が無いから誘い方すら分からない。

きっと無様な事をするに決まってる。

だからしない。

そんな負の連鎖。

冬莉が行きたいと言ったのは日出生台のテレビ塔だった。

ああ、何度か高橋達と来たことあるな。

地元の夜景スポット。

言い方を変えると夜になるとカップルが集まってきていちゃつき放題の場所。

そんなところに行ってどうするんだろう?

テレビ塔に着いて車を停める。

冬莉は何かを考えていた。

声をかけようにもかけづらくてじっとしていた。

先に口を開いたのは冬莉だった。


「ナリは気にならないの?」

「何が?」

「私に付き合ってる人がいるのか」


それを言われて「セクハラですよ」と言ったじゃないか。


「セクハラだと思うような男とこんなとこに来ないよ」

「じゃあ、聞いてもいい?」

「ええ」

「彼氏いたの?」

「いました」


そうか……、まあ、放っておかないよな。

……あれ?


「今なんて?」

「いました。今はいない」


これ以上踏み込んでいいのだろうか?

そんな配慮などいらなかった。


「気になるんでしょ?どうして別れたのか?」

「……言いたくないなら聞かないよ」


それが礼儀だと思うし。


「それだったらこんな話振らない。聞いて欲しかったから。聞いてくれる?」

「わかった」

「私の彼……サッカー選手だったの。高久隼人」


地元でその名前を知らないサッカーファンはいないだろう。

片桐冬吾、多田誠司、高久隼人。

地元出身の日本代表選手。

つい半年くらい前にアナウンサーの枡澤りさと結婚したんだっけ?

その事を知ったのは熱愛報道がテレビで流れているの見た時。

高久選手からは何も言われなかったらしい。

ちょうどW杯予選とかで日本にいない間が多く、日本にいてもJリーグのアウェー戦等で滅多に会えなかった。

それでも冬莉はマメにメッセージを送っていたらしい。

返事もくる。

だから安心していた。

それが失敗だったらしい。

冬莉も仕事の手伝い等をして平日は時間が無かった。

その間にきっと知り合ったのだろう。

慌てて電話をした。


「ごめん」


そう言われたらしい。

もちろん、冬莉もそれで納得できるはずがなかった。

だけど、今さら枡澤アナを一人にする事なんてできないと言われたそうだ。


「俺達出会わなければよかったな」


高久選手とは10年以上交際を続けていたらしい。

その結論が「出会わなければよかった」か……。


「私がいけないのかな?もっと上手に甘えられていたらよかったのかな?」


恋愛経験0の俺にそんな事を聞かれてもどう答えたらいいか分からない。

でも何か返事してやらないとダメだろう。


「そういうのってさ、どっちが悪いとかないんじゃない?」

「え?」

「出会わなければ、甘えられていたら、後になって気づいたってしょうがないと思う」


後悔は先には立たない。

これからどうしていけばいいのかを考えたらいいんじゃないのか?


「どうしたらいいと思う?」


冬莉が聞いてきた。


「……それが分かったから俺に話したんじゃない?」

「……ナリ、一つお願いしてもいいかな?」


なんとなくやりたい事が分かった気がする。

冬莉がここに来た理由。

それはきっと過去との決別。

俺はその為に利用されていたってことか。

上手い話にはウラがあるか……。


「いいよ」


俺がそう言うと冬莉は俺の胸の上で泣いてた。

やったことないけど、そっと冬莉を抱いてみる。

意外と温もりがある。

この状況はまずいと思った。

案の定もう一人の俺が暴れ出そうとする。

お前の出番は一生無いと言ったはずだ!

必死に落ち着かせる。

落ち着いたころ、冬莉も落ち着いたようだ。


「そろそろ行こう?」

「そうだね」


俺は車を出す。

帰り道に冬莉が言った言葉。


「ねえ、ナリ」

「どうしたの?」

「途中銭湯によっていかない?」


タオル等は貸し出しがある。


「いいけどなんで?」

「家族湯があるの」


はい!?

いやいや、女性と風呂にはいるなんて絶対無理。

本音では一度生の裸の女性を見てみたいとは思ったけど、それ以上に情けない俺のエリンギを見られるのが嫌だった。

全力で断って、結局家のシャワーを交互に浴びる事になった。


「いいけど、またソファーで寝るなんて言わないでね?」

「どこで寝たらいいの?」

「寝る場所なんて一つあれば十分だよ」

「いや、しかし……」

「間違いがあって困る人と風呂に行こうなんて言わないし、それにナリなら多分何もしないだろうから」


凄くトゲのある言葉だな。


「ごめん」

「……次言ったら本当に口で塞ぐからね」


俺は違う方法を取る事にした。

朝までネトゲー。

一晩くらい徹夜しても大丈夫だろう。

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